第555話 拓斗の好きな人

 ということで三月十二日の日曜日。スーパーに寄ってから拓斗さんのアパートにやって来た。

 拓斗さんは車を所持していたので、駅で合流してからは移動が楽だった。

 拓斗さんの住んでいるアパートはワンルームで、広さは十畳と言っていた。

 スリッパに履き替え、短い廊下を通った先には広い洋室があった。

 洋室にはテレビやソファ、テーブルに電気ヒーターなどの必需品はもちろん、壁には大きな本棚があった。

 本棚を見ると、マンガの他に、ケーキのレシピや、ケーキ作りのノウハウが書かれた本もいっぱいあった。やっぱり家でも勉強は欠かしてないんだな。

「僕も初めて来ましたけど、綺麗な部屋ですね」

 健太郎が一番に感想を述べた。千佳さんがたまに来てるって言ってたし、その訪問の賜物なのかもしれない。

「ありがとう健太郎君。掃除しろって千佳がうるさくてね」

「千佳さん、そういうのにうるさそうだもんな」

「健太郎。千佳さんの部屋って綺麗なのか?」

 お兄さんにそう言わせるほどだとしたら、当の千佳さんの部屋はさぞ片付いているんだろうけど、ここは彼氏の健太郎に聞いてみた。

「綺麗にしてるよ。千佳って真面目だからね」

「やっぱり」

 うん、予想通りの答えが返ってきた。

 千佳さんって根はめちゃくちゃ真面目だから、散らかっている部屋が想像出来ないんだよな。

 茜の部屋はどうなんだろう? 前に綾奈が行ったって言ってたから、聞いとけばよかったな。まぁ、今回は一哉に聞けばいいか。

「一哉。茜の部屋って綺麗なのか?」

「ノーコメントで」

 あ、うん。今ので察したわ。

「さあ、話はこれくらいで、作業に取りかかろうぜ」

 拓斗さんが俺たち三人にそう声をかけたので、俺たちは「はい」と返事をして手を洗いに行く。

 そういえば拓斗さんもけっこう材料を買い込んでいたけど、一体何人にお返しをするんだろう?

 綾奈や千佳さんの他に、麻里姉ぇやドゥー・ボヌールの女性スタッフさんにも貰ってそうだし、案外お客さんからも何個か貰ってそうだ。

 拓斗さんもイケメンだし、女性と多く接する職業だから、ここにいる俺たちの中では一番貰ってるのは間違いないだろうな。


「さすがにこのキッチンに四人全員は立てないから、こことテーブルとで二手に分かれて作業をしよう」

 拓斗さんが指さしたのは、このキッチンのそばにあるテーブルだ。

「わかりました」

「悪いけどキッチンを使わせてもらうよ。、慣れている場所を使いたいんだ」

 家主は拓斗さんだから、そこは拓斗さんの自由にしてくれていいと思うけど、ちょっと気になるワードが出てきたな。

「拓斗さんって、好きな人がいるんですか?」

 俺が聞こうと思っていたことを一哉が聞いていた。

『ちょっと本気で作りたい』って、パティシエ見習いのプライドかとも思ったんだけど、なんとなくそれだけではない……意中の人のお返しを指している言葉じゃないかと予想していた。……もしかしたらただの邪推かもしれないけど。

「まあ……そうだね。好きな人は……いるよ」

 拓斗さんは照れながら後頭部をかいている。

「え? 誰なんですか? 俺たちの知ってる人ですか?」

 ここまで聞かされてすきなの正体が気にならないやつなんていないだろう。健太郎は笑顔で拓斗を見ているから、もしかしたら健太郎は知っているのか?

 拓斗さんは俺の質問に首肯し、少ししてゆっくりと口を開いた。

「俺が好きなのは…………望緒みおさんだよ」

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