第545話 逆襲、綾奈さん

「ま、まさと……!?」

 俺は綾奈の手のひらにキスをしたまま、目を閉じる。

 さすがになにも言わずにこんな行動に出たらびっくりするよな。優しく掴んでいる綾奈の手首からも、綾奈がこわばっているのがわかる。

 でもまぁ、じきに落ち着いてくるだろうと思い、特に気にせず綾奈の手のひらにキスをする。

 最初は手のひらの真ん中辺りだったが、今度は親指の付け根辺りにキスを降らす。

「あっ、……んんっ!」

 すると、綾奈からなんとも艶めかし声が聞こえてきた。思っていた反応と違ったので、ちょっとびっくりして自分の眉がピクピクと動く。

 自分のドキドキが加速する中、俺は綾奈の親指の付け根を食むようにキスをする。

「あ、……ま、まさと……ダメッ」

 綾奈からさらに艶めかし声が聞こえてきて、俺の頭が乗っている膝がもぞもぞと動いている。

 もしかしてくすぐったいのかな?

 もう少し強めにしたらくすぐったさもなくなると思った俺は、少し強くキスをした。

「ひうっ! ……ま、ましゃと……あっ!」

 だけど綾奈はさらに落ち着かなくなったようで、膝がさらにもぞもぞと動く。

 それになんだか綾奈の息遣いが荒くなっているような……。

 予想と違う反応を続けているのが気になった俺は、ゆっくりと目を開けて綾奈を見た。

「……え?」

 すると、綾奈は耳まで真っ赤にし、目に涙を浮かべて俺をじっと見ていた。

「ま、ましゃと……それ、いじょうは、ダメ……」

「……へ?」

 な、なんで綾奈はこんなになってるんだ? 手や指ににキスを……。

 過度なイチャイチャはしてないはずなのに、なのになんでこんな……以前に綾奈の脚にキスしたような顔になってるんだ?

「……むぅ」

 俺がわけもわからずにきょとんとした顔をしていると、それを見た綾奈が頬を膨らませた。

 ……かと思ったら、俺が手首を掴んでいる右手を自身の左手で剥がし、その剥がした俺の右手首を綾奈が左手で掴み、そのまま綾奈の顔に近づけ……。


 綾奈はお返しと言わんばかりに、俺の右の手のひらに自分の唇を押し当てた。


「っ……!?」

 な、なんだこれ!? 綾奈の柔らかい唇が触れた瞬間、強力な電気が俺の脳に流れ込んでくる感覚に襲われた。こんな感覚……綾奈と初めてキスをした時みたいな……。

 いや、あの時は脳が痺れたけど驚きも同じくらいあった。

 今も驚きはあるけど、それよりもこれは───

「あ、あやな……っ!」

 綾奈は俺の呼び掛けにも応じず、ひたすらに俺の手のひらにキスをし続ける。

 ヤバい……だんだんと変な気分になってきた。

 この時になって、俺はようやく自分の認識が甘かったということに気がついた。

 手のひらは人間のもっとも神経が通っている部分の一つだ。そこに愛してやまない人のキスを受けたら、こうなってしまうのは道理じゃないか……!

 なにが過度なイチャイチャはしないだ……。思いっきりしちゃってるじゃないか!

「あ、あやな……ごめ……!」

 俺が謝ろうとしたのがわかったのか、綾奈はゆっくりと唇を離し、俺を見た。

 真下から見た綾奈の顔は、やっぱり赤いままだったけど、頬もぷくっと膨らんでいて、眉が少し吊り上がっていた。瞳は依然として潤んでいる。

「……わかった?」

「うん。……本当にごめん」

 たった一言だけど、それが何を指しての言葉なのかは考えるまでもなかったので、俺は謝った。

 すると綾奈は、眉を元の位置まで下げ、頬の膨らみも直したのだけど、頬は以前として赤いままだ。むしろ赤みを増している。

「なら───」

 綾奈はそれだけ言うと、自分の右手をゆっくりと動かした。指は人差し指だけが出ている状態だ。そして───


「ここにも、ちゅうして」


 綾奈はそう言って、人差し指を自分の唇に当てた。

「っ!!」

 そのあまりの可愛さに心臓が痛いくらい跳ねた俺は、綾奈の膝から起き上がる。

「い、いいの……?」

「こ、こんなにしたのはましゃとなんだから……せ、責任、とってよ……」

 そんなこと言うのは反則じゃないですかね? 先に反則したのは俺だから言えないけどさ。

 それからはお互いが満足するまでキスをし続け、気がついたら日付が変わる直前になっていた。

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