第544話 真人の甘えモード
風呂から上がった俺は、俺の部屋で待ち構えていた綾奈に、いつものようにドライヤーで髪を乾かしてもらったあとに、膝枕をしてもらっている。
相変わらず綾奈の膝枕は最高で、疲れた脳が急速に癒されている……ような感覚がする。
おまけに左手で俺の髪を梳くように優しく撫でてくれている。
そしてもう片方の手は、俺の鎖骨あたりに添えられている。
目を開けて綾奈を見れば、優しくふにゃっとした笑みを見せてくれる。幸せすぎて脳がとろける……。
このままずっと綾奈の膝枕を堪能したいところだけど、俺ばかりこんな幸せを味わうのはダメだよな。ちゃんと綾奈にも幸せ気分になってもらわないと。
「綾奈、疲れたろ? 交代する?」
俺は膝枕の交代を綾奈に申し出た。
少々自惚れたことを思ってしまったと自覚はしているけど、綾奈もマジで俺が膝枕をすると、さっきのふにゃっとした笑が増し増しになるんだ。
「大丈夫だよ」
そんな顔も見たいから言ったんだけど、どうやら綾奈はこのまま俺に膝枕を続けるようだ。
「でも綾奈だって疲れてるだろ?」
「真人のかわいくてかっこいい顔を見てたら、それだけで癒されちゃうから」
俺にそんな要素があるのかは謎だけど、お嫁さんがそう思ってくれるのは悪い気はしない。むしろ嬉しくて落ち着かない。
「足も痺れてない?」
「全然大丈夫だよ」
もう十分はこうして膝枕をしてくれている。カーペットが敷いてあるとはいえ綾奈は正座しているから、そろそろ足が痺れてくる頃じゃないかと心配したけど、そんなことはないようだ。
「そっか。ちょっとでも疲れたら変わるから、その時は言ってね」
「うん。ありがとう真人」
今のこの状態で綾奈がお礼を言う場面じゃないのにな。でも、ありがたく受け取っておこう。
俺は綾奈に笑顔を見せると、それを見た綾奈は、一瞬ドキッとした表情を見せたかと思えば、頬を赤くしたまま、満面の笑みを見せてくれて、俺まで顔が熱くなってしまった。いつもながら反則的可愛さだ。
それからも綾奈は俺の顔を微笑みながら見続けて頭を撫でてくれる。
そんな愛おしそうな顔を向けられたら、俺の方からも綾奈に触れたくなってしまうわけで……。
「綾奈」
「なぁに真人?」
「手、繋ぎたい」
俺は右手を少しだけ挙げ、二、三度わきわきと指を動かした。
それを見た綾奈は、「いいよ、はい」と言って、俺の鎖骨あたりに置いてあった右手で俺の右手を優しく掴んでくれた。俺から掴みたかったけど、まあいいか。
「真人、甘えん坊さんになってる」
「そ、そうかな?」
幸せすぎて心がふわふわしている感はあって、もっと綾奈に触れていたくて「手を繋ぎたい」って言っちゃったけど、俺は甘えモードになってるのかな?
「さっきの真人の表情が、真人のお誕生日に一緒に家に帰ってきた時と同じ顔をしてたから」
「え、マジ?」
その日は綾奈と一緒にドゥー・ボヌールからここに帰ってくる途中からの記憶が曖昧なんだけど、一体どんな顔をしてたんだ俺?
つまり綾奈で頭がいっぱいになり、幸福感から記憶が一部欠如するのが、俺の甘えモードなのか?
「うん。だから真人が私に甘えてくれてるって思って、すごく嬉しい」
「ま、まぁ、俺が甘えたくなるのは綾奈だけだし……」
知らないうちに甘えモードになっていることがちょっと照れくさくて、俺は左手の甲で自分の口を隠した。
「かわいい♡」
俺の照れ顔を見た綾奈のお決まりのセリフを聞いて、その可愛さからさらに顔が熱くなり照れてしまう。
あぁ、どうしよう……キス、したいな。
でもここでキスしたら多分長くなりそうだし、そうなると明日の早朝ランニングに響きそうだ。
それにこのお泊まりでは、過度なイチャイチャはしないようにって決めてるから、今の俺だとそのボーダーを超えそうな気がする。ボーダーなんて特に決めてないけど。
……そうだ。これなら過度なイチャイチャにはならないんじゃないか?
俺は閃いたことを実行するために、一度心を落ち着ける。
そして綾奈に握られている右手を一度離してもらおうと、指を広げる。
「?」
綾奈は不思議に思いながらも俺の手を離したので、今度は俺が一度離れた綾奈の右手首を優しく掴む。
「真人?」
綾奈は不思議そうに俺の名前を呼ぶが、俺はドキドキしながら、そのまま綾奈の手を自分の顔に持っていき、そして───
「ひゃっ……!」
俺は綾奈の白く小さい手のひらにキスをした。
その瞬間、綾奈からなんとも可愛らしい声が聞こえてきて、俺はさらに鼓動を早めた。
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