第540話 焦らずゆっくりと
俺が二の句を告げないでいると、母さんが続けて言った。
「前回はあんたの腰の件があったから許可したのであって、そう毎回一緒にお風呂なんか認められないわよ」
母さんの言う通り、前回の綾奈のお泊まりでは、俺は腰を痛めていたから、綾奈はそんな俺の入浴のサポートをしたいという名目で、父さんも母さんも俺と綾奈が一緒にお風呂に入るのを許してくれた。
前回も許してくれたし、今回も……って考えは甘かった。
「それに、あんたの誕生日にも一緒に入ったんでしょ?」
「う…………はい」
俺の誕生日……その日は父さんと母さんは日帰り旅行に出かけていたけど、旅先で大雪に見舞われて急きょ一泊することになり、美奈も茉子の家に泊まったので、完全に二人きりだった。
一緒にお風呂どころか、食べさせ合いっこもしたし、一緒のベッドで寝た。
もちろん誰にも言ってないし、母さんも聞いてこなかったからバレてなかったり気にしてないものと思っていたけど、やっぱりバレていたんだな……。
「真人」
「……はい」
「私は別に怒ってるわけじゃないのよ」
「……へ?」
母さんの言葉に、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
え? 怒ってない? てかこれから怒られるものだとばかり思ってたけど、違うの?
「あんたと綾奈ちゃんの様子から、良好な関係を築いていけてるのは喜ばしいと常々思ってるわ。でもね、ちょっと早すぎるとも思ってるの」
「早すぎる?」
そりゃあ、付き合って二ヶ月ちょっとで婚約までしてるのは早いとは思ってるけど、それは今さらな気もするけど……。
「あんたも綾奈ちゃんもまだ高校一年生……これから時間はたっぷりあるのだから、今からそんなことを経験したら、大人になって二人で暮らし始めた時に新鮮さが薄くなってしまうんじゃない?」
「新鮮さ……」
新鮮さ……か。
一緒にお風呂も、一緒のベッドで寝るのも経験済みな俺たちが、このまま高校を卒業して、いつか本当に一緒に暮らし始めたとして、いつもの流れみたいなノリで一緒にお風呂に入るのは、確かに新鮮さに欠ける……というか高校生らしくはない。
さっきから母さんの言葉の一部を反芻してばかりだな俺……。
「時間は有限だけど急ぐ必要はないんじゃない? そういうのはお互い実家を出た時まで取っておいても腐ることはないと思うわよ。まぁ、要は急ぎすぎるなってことよ」
急ぎすぎるな、か……。
他の同年代のカップルはどうかは知らないけど、俺と綾奈は死ぬまで一緒にいると約束している。俺がとんでもない大失態をやらかして、綾奈に愛想をつかされない限りは……。
そんな俺たちが今から急いで大人のカップルのような経験をしなくても、綾奈も未来も逃げはしない……か。
それに水着でとはいえ、一緒にお風呂に入るって、やっぱりまだハードルが高い。
誕生日なんかは普通に入ってるようで、その実終始緊張していた。
水着は布面積が小さいから、直接肌と肌が触れ合う感覚は、普通に抱きしめ合うのより何倍もドキドキする。
上半身裸だった俺が、綾奈に心臓の音を気取られなかったのはもはや奇跡と言わざるを得ないくらいに。
いや、もしかしたら綾奈は俺の心臓の鼓動が早いのに気づいていたけど、自分も同じだったから言い出せなかったのかもしれない。
あはは……そう考えたら、やっぱり母さんの言う通り、まだ一緒にお風呂は早いのかもしれないな。
綾奈の隣にいて、いつものようにイチャイチャするのが一番だと思ってきた。
「わかった。綾奈にも伝えとくよ」
「そうしてちょうだい。焦らずゆっくりと段階を踏んでいきなさい」
「うん」
綾奈はもしかしたら、一緒にお風呂に入れないのは残念がるかもしれないけど、でもきっとわかってくれるはずだ。
そして二階に上がり、美奈の部屋にいた綾奈に母さんに言われたことを伝えたら笑顔で了承してくれた。
そして俺たちが一緒にお風呂に入る予定だったのを聞いた美奈はちょっと呆れていたけど、その頬は赤かった。
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