第538話 中村を変えたのは

「え!? 中村君と会ってたの!?」

 俺と手を繋いでいる私服姿の綾奈が驚いていた。

 俺は今、綾奈と一緒に自分の家に向かっているのだけど、そのタイミングで高崎高校の最寄り駅に綾奈を迎えに行けなかった理由を説明した。

 まあ、学校を出たら中村が待ってたなんて予想も出来ないよな。俺もめっちゃびっくりしたし。

 そもそも綾奈との約束を変更して、そっちを優先したのもかなり珍しいし。あの状況じゃあそうせざるを得なかったけどね。

「うん。校門出たら中村がいてね。だからごめんね」

 綾奈と手を繋ぎ、もう片方の手で綾奈のキャリーケースを引きながら俺は言った。

「ううん。怒ってないから大丈夫だよ。でも、なんで真人に会いに来たのかな?」

「俺に聞きたいことがあったみたいでね───」

 そこから俺は、中村が俺に聞いてきたことを説明した。人を好きになるってこと、そして中村自身に、俺にとっての綾奈のような、自然と自分より優先して、本気で愛せる相手が出来るのかってことを。一部中村の尊厳が傷つきかねない内容もあったからそれは綾奈に伝えずに。

 中村がどう女性と付き合ってきたかなんて、綾奈に知られたくないだろうし、綾奈に聞かせるもんじゃないと思ったから……。

 俺の話を聞き終えると、綾奈は「そっか」と静かに口にし、俺に笑顔を向けた。

「なら中村君は、真人と話をすることで変わったんだね」

「……いや、違うと思う」

「え?」

 あいつは俺と話をする前から既に変わっていた。じゃなかったら昨日のファミレスで、中村の友達と同じように綾奈に無理やり絡んできただろうから。だから……。

「中村が変わるきっかけになったのは、綾奈だよ」

「私?」

「うん。中村は生徒会長になってから、学校では誰よりも綾奈と一緒にいる時間が長かった男子だったろ?」

「う、うん」

「当時は弘樹さんや翔太さん以外で、綾奈の性格を一番理解していた異性の同級生だから、あの日ゲーセンで貶した俺に対してあれだけキレた綾奈を見て、きっと誰よりも驚いたのはきっと中村なんだと思う」

物理攻撃ビンタもあったし。

「そ、そうなのかな?」

「そうだよ。中村もあれがきっかけで女性と付き合うことについて真剣に考えるようになったって言ってたし、だから中村を変えたのは綾奈なんだよ」

 じゃなけりゃあ中村が男に、ましてや『陰キャオタク』と罵っていた俺に自ら会いに来るなんてなかっただろうから、やっぱり中村を変えたのは綾奈だ。

 だけど、そんな綾奈は難しい顔をして「う~ん」と唸っていた。

 そんな顔も可愛いけど、思うところがあるのかな?

「でも中村君は、真人の話を聞いて晴れやかな顔になったんだよね?」

「ま、まぁ、そうかな」

「ならやっぱり、変えたのは真人のおかげだよ。私はきっかけにすぎなかったと思うから」

「だけどきっかけも大事だからねぇ」

「……じゃあ、私たち二人でってことにしない?」

「……うん。いいと思う」

 このままだと平行線を辿りそうだし、落とし所としてはいい、よな。

「次にもし中村君と会うことがあったら、その時は楽しくお話が出来るかな?」

「出来るさ。きっとね」

 綾奈は副会長をしていた頃、中村とは本当に楽しく、生徒会について、それ以外の内容でもおしゃべり出来ていたはずだ。

 俺も、これをきっかけに中村と友達になれたら……なんてことを別れ際に思ったし、出来たらまた中村と会いたい。

「もしかしたら、次に会うのは中村が本当に愛した人を見つけた時……かもしれないね」

「うん。ちょっと楽しみになってきちゃった」

「……楽しみなんだ……ふーん」

 綾奈がそういう意味で言ったんじゃないってわかってはいるけど、やっぱり異性に『次会うのが楽しみ』と言ってるのを聞くと、面白くない。

「ふえっ!? ち、違うからね! わ、私は真人だけだから、真人しか愛さないからね!」

 慌てて否定するのは想像出来たけど、まさかこんなに必死になるなんて。

『愛してるのは真人だけ』じゃなくて、『真人しか愛さない』と言ってくるのも予想外で、破壊力がヤバい……!

「う、うん……わかってる」

 なんだかデカいカウンターを食らってしまい、照れて綾奈から顔を逸らした。両手が塞がっているので口を隠せない。

「真人かわいい♡」

 本当、綾奈にはかなわないなぁ。

 俺たちは笑い合い、まだあるかわからない中村との再会を楽しみにして、俺の家へ向かうのだった。

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