第537話 人を好きになるということは
「俺といる時の綾奈は、いつも笑顔だよ。ほとんどずっと俺の手を握ってくれたり、腕を絡めてきたりして、いつも俺に触れたがるよ。時折見せるふにゃっとした笑みがまた最高でさ、それでたまにポンコツな所もまた可愛いんだよ。それから───」
綾奈の話をしてたら止まらなくなってきた。綾奈の顔を思い浮かべて、自然と笑顔にもなっているけど、口も舌も止まらない。
「も、もういい……」
中村がなんとも言えない顔をしながら手で静止してきたので、俺はそこでブレーキをかけた。これからがいいところだったのに……。
それはまあ、機会があれば今度話すとして、俺はまた目を閉じ、一度深呼吸をしてから、また中村を見た。
「中村」
「……なんだ?」
「人を心から好きになると、常にその人のことを考えてしまうんだ。会いたいって思いはもちろん、今何してるのか、今日はどんな物を食べたのとか、部活で疲れてないかとか……マジでその人が自分の中で一番になるんだよ」
「……」
「俺は綾奈のためなら、どんなことでも頑張れる、なんでも出来るんだよ。だから俺はダイエットも頑張ったし、勉強も中学の頃から成績はぐんと上がったし、料理も、まあ出来るようになったよ」
「西蓮寺は可愛いからじゃないのか?」
「……否定はしない。俺も最初は綾奈の笑顔の虜になったのがきっかけだし」
綾奈は俺とほぼ同時期に俺を好きになったって言ってくれたし、あの笑顔には、俺への想いもあったのかな……?
「……お前さっき、西蓮寺のためならなんでも出来るって言ったな?」
「言ったよ」
それがどうかしたのかな?
「なら極端な話、西蓮寺のためならお前は死ねるのか?」
「いや死なないけど」
何を言うかと思ったら……。
その質問の答えはずっと前から決まっていたから、俺は即答した。
「死なねえのかよ!?」
うん、いいツッコミだ。
「綾奈は言ってくれたんだ。『自分の幸せは、俺の隣にいること』ってな」
「……そうか」
「あぁ。だから俺は綾奈より先に死ねないんだ。綾奈の幸せを、笑顔を絶やさない為にもな。仮にもし絶望の……死の淵に立たされることがあるとすれば、俺は最後まで二人が生き残る道を模索する。綾奈と一緒に、笑ってその先の未来へ進むためにな」
本当にダメだって状況にならない限りは、俺は綾奈も、自分の命も絶対に投げ出さない。それが綾奈の笑顔に繋がるのだから。
きっと綾奈も同じことを考えるはずだ。
俺の話を聞き終わると、中村は「へっ」と笑い、ベンチにもたれかかった。
「陰キャオタクがいっちょまえなことを言いやがって」
「お前が聞いてきたんじゃないか……」
ここまで聞いといて、陰キャオタクで締めるのはやめてもらっていいですかね? その通りだから否定も出来ないし。
俺は中村をジトーっとした目で見るのだけど、言葉とは裏腹に、中村の顔はどこか晴れやかになっていた。
くそ、こいつはやっぱりガチなイケメンだ。
中村は目を閉じ、まるで自分に言っているかのように俺にこんな質問をした。
「……俺にもそんな相手が出来ると思うか?」
「出来るさ。必ず」
なんか、確証はないんだけど、こいつは去年、俺を罵倒した中村とは別のやつなんだと、今はっきりとわかった。
今までの取っかえ引っ変えじゃなく、ちゃんと相手の想いに、そして自分の気持ちに向き合えば、中村にも本気で好きな人が絶対に出来る。自然と自分以上に優先してしまうほど好きな相手が……。
俺の言葉を聞いて、中村は何も言わずにベンチから立ち上がり背伸びをした。
「悪かったな。時間取らせて」
「いいよ、そんなの」
今までの中村なら、俺に……いや、男に謝ったりなんかしなかったのに……やっぱり、変わったんだな。
「……ちょっと、頑張ってみるわ」
「あぁ」
「……またな。中筋」
「うん、また。中村」
お互い笑顔で「また」と言い合うと、中村はスタスタと歩いていき、公園を出るまで、俺はその背中をベンチに座って眺めていた。
中村が心の底から好きになる相手か。どんなタイプの女性なのかめっちゃ気になるな。
そんな人が見つかったら、ぜひ俺にも教えてほしいな。……連絡先知らないから次いつ会えるかわからないけど。
しかし、去年までは考えもしなかった、中村との友情が芽生えたかもしれないと思うとちょっと嬉しくなるな。あいつは「勘違いだろ」とか言いそうだけど。
「思ったより時間過ぎちゃったな。……このまま綾奈の家に行っちゃうか」
一度家に帰ってから綾奈を迎えに行こうと思っていたけど、気がつくとけっこう暗くなってきたので、俺は直接綾奈の家に向かって歩き出した。
自然と口が弧を描いているのを自覚しながら……。
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