第535話 待っていた中村

 翌日の放課後。俺は下駄箱でスニーカーに履き替えているところだった。

 今日は綾奈が俺の家に泊まりに来てくれる日だから、これから綾奈を高崎高校の最寄り駅に迎えに行く。

 綾奈のお泊まりが楽しみで、早く綾奈に会いたいから、一哉たちとは教室で別れて一人でここまで来ていた。

 他の生徒が来週からのテストに向けて気合いを入れたり絶望したりする中、俺は早足で校門に向かった。そして校門を出た直後───

「よお……中筋」

 突然男子に声をかけられて、俺はそちらを見た。

「お前……中村!?」

 すると、そこにいたのは中村だった。

 予想だにしなかった奴の来訪で、俺は昨日に続き本気で驚いていた。

「……なんでここに? 授業はどうしたんだよ?」

 こっちは今ホームルームが終わったばかりなんだぞ? それなのにどうして中村は既にここにいて俺を待ち伏せなんてしてたんだ?

「途中で早退した」

 つまり仮病か? 元生徒会長としてそれはどうなんだよ?

 は! こいつまさか、杏子姉ぇがこの学校にいるのを知って待ってるのか!?

 そしていとこの俺を使って杏子姉ぇと話をしようと……!?

 こいつの節操のなさはよく知ってるから、やりかねない。

「なに身構えてんだよ。別に取って食おうとしてるわけじゃないぞ」

「お前……狙いは俺のいとこなんじゃないのか!?」

「いとこ? それが誰かは知らんが、俺はお前に用があって来たんだよ」

「お、俺に?」

「ああ」

 中村が男に用があるっていうのが信じられない。

 中学時代、こいつは男を……特に俺みたいなスクールカーストが低いやつのことを見下していた。ゲーセンで俺に言った、『なんの取り柄もない陰キャでクソオタク』ってセリフがその証拠だ。

 でも、今の中村からはそんな見下しの雰囲気をまるで感じない。ただ真面目に俺の目を真っ直ぐに見ている。

 男に対してこんな表情をするなんて……少なくとも俺は見たことがない。

「ちょっとでいい。話せないか?」

 演技……ではないみたいだな。本当に俺に話があるみたいだ。

「ちょっと待っててくれ」

 俺はそう言うと、ズボンのポケットからスマホを取り出し、綾奈に電話をかけた。

 このあと駅に迎えに行けなくなったことを伝えるために……。

「もしもし綾奈? うん……うん……で、悪いんだけど先に帰っててくれる? うん。あとで迎えに行くから。……うん、ごめんね。じゃあまたあとで」

 俺はスマホをしまい、再び中村を見る。すると、中村は申し訳なさそうな表情を俺に見せていた。

「これから西蓮寺と会う約束してたのか。……なんか、悪いな」

「い、いや……」

 なんだよ……調子狂うな。

 なんでゲーセンの時のような嫌な感じが、今の中村から微塵も感じないんだ?

 中村は少し遠慮気味に、「あまり時間を取らせるつもりはない」と言ってから歩きだしたので、俺は中村に付いていく感じに、少し離れて歩いた。

 歩いている最中、俺は中村が何を聞きたいのか、そればかりを考えていた。


 そうして中村に連れてこられたのは、俺が綾奈とよくイチャイチャするのに利用している、なぜか人気のない公園だった。

「まあ、なんだ……座ってくれ」

 中村はベンチに座るよう促してきたので、俺はいつも綾奈が座っている場所に腰を下ろした。こっちに中村が座るのは……なんか嫌だったから。これも独占欲かな?

 俺が座ったのを確認すると、中村もゆっくりとベンチに座った。

「それで? 俺に話ってのは?」

 俺もあまり時間があるわけではないから、悪いけど早速本題に入らせてもらった。

 十秒ほどの沈黙のあと、中村は正面を向いたままゆっくりと口を開いた。

「……これは本題ではないのだけど、お前と西蓮寺は、やっぱり変わらずなのか?」

 変わらず? 一体何を指した言葉だ?

 普通に考えたら、『変わらず付き合ってるのか?』って意味だよな?

 それを中村に聞いたら、首肯した。どうやら間違ってはないみたいだ。

 しかし、なんでそんな質問を?

 もしかしてこいつ、俺と綾奈が別れてたり険悪なムードだったら横から綾奈をかっさらう気だったのか!?

 だけど、昨日も俺たちと会ってるから、別れていないのはわかりきっているはずなのに……。

 ここは今の俺たちの関係をちゃんと伝えておくか。

「……俺と綾奈の関係は、去年中村と会った時から変わったよ」

「え?」

 俺は聞き返した中村の顔の高さまで、自分の左手を上げ、薬指にしてある指輪を見せた。

「今の俺たちは、夫婦だ」

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