第531話 会心のモンブラン

 雛先輩が落ち着いたところで、いよいよ卒業パーティーがスタートした。

 卒業パーティーといっても、杏子姉ぇの歓迎会の時みたいに、みんなでケーキを食べておしゃべりをするだけだけどね。

「ひーちゃん先輩。どんどん食べちゃってください。ひーちゃん先輩の分は私が出しますから」

 杏子姉ぇがいきなり雛先輩に奢る宣言をしていた。

 下世話な話、役者してるから実際めちゃくちゃ稼いでるんだろうなぁ……。

「ありがとう杏子ちゃん。でも悪いわ~」

「遠慮しないでくださいよ。ほらほら~」

「ちょっとキョーちゃん。それ私の!」

「え? マジ? あはは、ごめんねあかねっち~」

 みんな自分のケーキは一つずつなのに、茜だけ三つもある。

 ……俺の幼なじみはやっぱり大食いキャラだよな。

 一哉も将来、茜に財布の紐を握らせていたら食費がえらいことになりそうだな。

「真人君もいっぱい食べてね~」

「は、はい」

 雛先輩と杏子姉ぇのやり取りを見ていると、雛先輩がいきなり俺に話しかけてきたのでちょっとびっくりした。

 ちなみに席は雛先輩が中央で、両隣には俺と茉子、対面に杏子姉ぇがいる。香織さんは杏子姉ぇの隣だ。

「おいしい~」

 そして雛先輩とは逆側の俺の隣にいる綾奈は、パクパクとモンブランを食べていた。綾奈は本当にモンブランが好きだな。

 ……よく考えたら、俺は今、風見高校と高崎高校のナンバーワン美少女に挟まれているんだよな。綾奈には『(予定)』が付きそうだけど。

 高崎高校一の美少女って誰なんだろう? 今まで綾奈がそうやって言われたのを聞いたことがないから……綾奈以上に可愛い生徒っているのかな?

 今度千佳さんか江口さん、もしくは楠さんあたりに聞いてみようかな?

 それにしても、幸せそうにモンブランを食べる綾奈……マジで可愛すぎないか? 天使かな?

「綾奈、モンブラン美味しい?」

「うん。とってもおいしいよ」

「綾奈ちゃん」

 俺が綾奈の幸せそうな笑顔にドキドキしていると、近くで綾奈を呼ぶ男の人の声が聞こえた。

「拓斗さん」

 見ると、そこには拓斗さんがいた。手にはモンブランが乗ったお皿を持っている。

「拓斗さん、翔太さんの監視下から抜け出せたんですね」

「監視下って……まあ、一時的だけどね」

 まだ完全に解放されたわけではないのか。

 苦笑いしている拓斗さんにエールを送ろう。

「が、頑張ってください」

「ありがとうな真人君。ところで綾奈ちゃん、俺が以前した話、覚えてる?」

「以前した話……ですか?」

「うん」

 拓斗さんが綾奈にした話? なにかあったっけ?

 ……って考えても、俺はその場にはいなかったかもだし、考えても答えは出ないよな。

 でも……ん? それならなんで拓斗さんはモンブランを持ってるんだ?

 前にした話……モンブラン…………あ。

「もしかして……!」

「お、真人君は思い出したかな?」

 拓斗さんのこの反応、やっぱり間違いないみたいだな。

「はい。会心のモンブランが作れたら、綾奈にご馳走するってやつですね」

「あ……」

 綾奈、もしかして忘れてた? まあ、俺も今思い出したわけだけど。

 あれは綾奈がダイエットを決意した日、綾奈は自分の部屋で俺とキスをする直前に拓斗さんから電話がかかってきて、『翔太さんに褒められるほどのモンブランが出来たから、食べに来てほしい』って拓斗さんが言ったんだけど、ダイエットをすると決めた直後、そして俺とキスする寸前という色んな意味で悪いタイミングが重なり、綾奈が珍しく年上である拓斗さんに怒った場面だった。

 どうやら今回はタイミング良く、綾奈が来ている時に出来たみたいだ。

「正解。だから綾奈ちゃんに持ってきたんだ。もちろんタダでいいから食べてみてくれ」

「い、良いんですか?」

「もちろん。約束したしね」

 綾奈が怒ったあと、また会心のモンブランが作れたら、その時は綾奈にご馳走すると言っていた。約束を果たす時が来たんだ。

「じゃあ、いただきます」

「お、おう……」

 綾奈は拓斗さんからモンブランが乗ったお皿を受け取り、ゆっくりとモンブランにフォークを入れ、それを口に運んだ。

「っ! ……ん~~~~♡」

 すげぇ、めちゃくちゃ幸せそうな声を出している。

 それだけでこのモンブランの美味しさが伝わってくるようだ。

「とってもおいしいです!」

「あはは、それは良かった。じゃあ俺は戻るよ」

 綾奈の感想を聞くと、拓斗さんは笑顔で厨房へと戻っていった。

 これで拓斗さんはさらに自信がつくんじゃないか?

 それから俺も、拓斗さんが作った会心のモンブランを綾奈に食べさせてもらったんだけど、マジで美味しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る