第530話 ブーケを渡す時

「お兄ちゃん。それ、早く雛さんに渡さないと」

 みんなで星原さんに連れていかれる拓斗さんを見送ると、美奈が俺に声をかけた。

 けっこうデカい袋だし、拓斗さんと話していた雛先輩も当然この袋の存在に気づいているだろうし、美奈の言う通り、早く渡した方がいいな。

「だな」

「もしかしてそれ、真人君が……!?」

 雛先輩はびっくりして頬を赤く染めている。期待を持たせてしまって申し訳ないな……。

「えっと、俺が……というか、ここにいる俺たち全員からのプレゼントです。綾奈、悪いけど袋の底を持ってくれる?」

「わかったよ真人」

 俺は綾奈の手を離し、その手の上にゆっくりとバルーンブーケが入った白いナイロン袋を置いた。

 俺一人だけでブーケを取り出すことは簡単だけど、ブーケを取り出す際に袋を片手で持たなければならなくなる。そうなると中のバルーンブーケが少しだけ傾いてしまう。

 もちろん少し傾いたところで全然問題は無いんだけど、ブーケを取り出すにも片手で持ち上げるようになってしまう。

 みんなでお金を出し合って購入した雛先輩への大切な贈り物を、そんなぞんざいに扱いたくなかったから、ちゃんと両手で丁寧に取り出したかったから、綾奈に手伝ってもらった。

 ナイロン袋に両手を入れ、ブーケをしっかりと持ったのを感覚で確認すると、俺はゆっくりと袋からバルーンブーケを取り出し、みんなに、そして雛先輩に見せた。

「っ!」

 バルーンブーケを見た雛先輩は、口を手で押さえた。

「すごく、可愛い。……健ちゃん。これ、本当にみんなで……?」

「そうだよ姉さん。僕たちみんなから姉さんへのプレゼントだよ」

「と言ってもこのバルーンブーケの発案は真人なんですよ雛先輩」

「お、おい茜!」

 なんでそれをバラしてんだよ! 普通に俺たちからってことでいいじゃん!

「そ、そうなの……?」

「え、ええ……まぁ」

「もしかして、このデザインにしたのも真人君が?」

「いえ、それは担当してくれた店員さんが選んでくれたものですよ」

 俺にこんな可愛く仕上げれるセンスはない。だからこのブーケを作ってくれた清住さんには本当に感謝してる。

「マサ~、そこは嘘でも「俺が選びました」っていう場面だよ」

「そんな嘘ついてもしょうがないだろ。これはあくまで、俺たちみんなからのプレゼントなんだからさ」

 このバルーンブーケには俺だけじゃなく、お店についてきてくれた綾奈たち、そしてお金を出し合ったみんなの気持ちがつまってるんだ。

 そんなしょうもない嘘をついても雛先輩は喜んでくれないし、何よりみんなの気持ちを蔑ろにしてるようにしか見えなくなってしまう。

「真人君……みんな……」

 雛先輩の目から一筋の涙が頬を伝う。

「雛さん! ちょっと遠くに行っちゃうって聞きましたが、これからもお友達でいてくれますよね!?」

「マコちゃん……ええ、もちろんよ」

「こっちに帰ってきた時は声をかけてくださいね。雛さんといっぱい遊びたいですから」

「私もよ香織ちゃん。……いっぱい遊びましょうね」

 茉子と香織さん。雛先輩と特に仲の良い二人との約束を交わしている間に、雛先輩はボロボロと涙を流していた。

 そして茉子の目からも涙が溢れていた。

 香織さんも目が赤い。

「雛先輩」

 俺は雛先輩に声をかけ、一歩一歩、ゆっくりと雛先輩に近づいていく。

「まさと、くん……」

「ご卒業、おめでとうございます」

「「おめでとうございます雛さん(先輩)」」

 雛先輩は泣きながら、俺からバルーンブーケを受け取った。その際に雛先輩手が俺の手にわずかに触れた。

「ありがとう、みんな……! このブーケ、大切にするわね」

 俺たちは雛先輩と、もらい泣きした綾奈たちが落ち着くまで、誰一人声をかけずに待っていた。

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