第529話 未来の親戚

 ドゥー・ボヌールの中に入ると、みんな既にほとんど揃っていた。

 星原さんに、店の一番奥に通されると、そこにはみんなに混じって拓斗さんもいた。

「き、杏子ちゃん。今日も来てくれてありがとう」

「ここのケーキ美味しいですから、毎日でも来たいですよ」

 拓斗さんは大ファンである杏子姉ぇに声をかけていて、杏子姉ぇはテンプレのような返しをしていた。

「ま、マジで!? ……ちょっと翔太さんに頼んでシフト増やしてもらおうかな?」

 ただ、拓斗さんはそんな杏子姉ぇの言葉が営業トーク的なものであるということに気づいていない。

 心酔度が高ければ高いほど、本当に来るって信じてしまうものなんだよね。悲しいことに。

「というか拓斗さん。今日はひーちゃん先輩の卒業祝いなんですよ? 未来の親戚なんですから、ちゃんとお祝いの言葉をかけてあげてくださいよ。ね~ちかっち~」

「は、はぁ!? な、何言ってるんですか杏子センパイ! み、未来の親戚って……」

「あれ? 違うの~?」

「し、知りません!」

 千佳さん、耳まで真っ赤になっている。

 健太郎も既に到着していて、杏子姉ぇの言葉に頬を赤らめながらにこにこしている。

 この反応からして、健太郎は千佳さんを離す気はないみたいだな。

「そうだったね。雛ちゃん、卒業おめでとう」

「ありがとうございます拓斗さん~。私たちも数年後は親戚になりますから、これからも仲良くしましょうね~」

「ちょっ! 雛さんまで……!」

「千佳ちゃん。美奈ちゃんが綾奈ちゃんに言うみたいに、私のこと、『お義姉ちゃん』って呼んでもいいのよ~」

 雛先輩はこういう冗談を言う人ではないからな。マジなんだろう。

 そして千佳さんも、合流していきなりこんな攻撃が待っているとは知りもしなかったから、珍しく慌てふためいている。こんな千佳さんを見たのはいつ以来だろうな。

「そ、それはそのうち……ってかアニキ! こんなところでサボってないで早く仕事に戻りなよ!」

 はい、千佳さんも将来は健太郎と結婚する気というのを認めました。照れてる千佳さんには悪いけどほっこりする。

 綾奈も微笑みながら「ちぃちゃんかわいい」って言ってるし。

 そしてその千佳さんは、口撃こうげきに耐えられなくなったのか、キレ気味に拓斗さんに噛み付いた。

 でも拓斗さんも早く戻らないと、翔太さんや麻里姉ぇにまた首根っこ掴まれて厨房に強制送還になるんじゃ……。

「いや千佳、俺は雛ちゃんに『おめでとう』を言うためにここにいるんだが……」

「そのわりにはさっきから杏子センパイにデレデレしちゃってるじゃん!」

「そ、そりゃお前……俺は杏子ちゃんのファンだし、あのサイン色紙だって額に入れて部屋に飾ってるし……」

 杏子姉ぇの歓迎会の時に貰ったあのサイン色紙、飾ってるのか。しかも額縁に入れてまで!?

 家宝にでもする気かな? どんな風に飾ってるのか、ちょっと見てみたい気もする。

「わぁ、ありがとうございます拓斗さん。嬉しいです」

「き、杏子ちゃん……」

 杏子姉ぇの女優えいぎょうスマイルに本気で照れている拓斗さん。ヤバい……俺のいとこの姉さんが魔性の女に見えてきた。

「そんな情報いらないから! あ、望緒みおさーん!」

 ん? みおさん? 誰だ?

「どうしたの千佳ちゃん?」

 千佳さんの呼びかけに、近くにいた星原さんがやって来た。てか名前、望緒さんっていうのか。

「うちのアニキがいつまでもサボってるんで、ちょっと翔太さんにキツいお灸をすえてもらうよう頼んでもらっていいですか?」

「ま、待て千佳! 早まるな───」

「わかったわ。それじゃあ拓斗君、行きましょうか。店長が首をなが~くして待ってると思うから」

「……うす」

 これは逃げられないと思ったのか、拓斗さんはやけにあっさりと星原さんに連れていかれてしまった。

 拓斗さん、ご武運を……。

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