第528話 見て、見られて

 家に戻り、着替えてから綾奈と千佳さんと待ち合わせているいつものT字路へと向かう。

 美奈は今回も茉子と一緒みたいだから別行動だ。

 手には雛先輩に渡すバルーンブーケを入れた袋をしっかりと持っている。

 今回も綾奈の家に直接迎えに行こうと思ったんだけど、千佳さんが「あんたたちはイチャイチャしてまた遅刻しそうになるから今回はいつもの場所で待ち合わせね」と言ってきたのだ。

 ちょっと抗議しようと思ったんだけど、千佳さんに睨まれたので諦めた。

 さすがに同じ轍は踏まないと思うんだけどなぁ……。

 あーでも、杏子姉ぇの件でちょっと疲れたから、綾奈に膝枕してほしかったかも……ダメだ、遅刻するな。

 膝枕はまた今度お願いしてみようと思ったところで、俺は待ち合わせ場所のT字路にやってきた。

 綾奈と千佳さんの姿も遠くから見えていたので、俺は二人に手を振った。

 すると綾奈が走ってきて、その勢いのまま俺に抱きついた。

「まさと~!」

「おっと」

「えへへ~♡」

 周りに人がいないけど、綾奈が周囲を気にしてないのはもはやお決まりになってきていた。

 俺はブーケを持っていない方の手を綾奈の背中に回す。

「いきなりイチャついてないで、早く行くよ」

 俺たちを一番近くで見てきた千佳さんは、淡々とした、慣れた口調で移動を促してきた。

 千佳さんの中で、俺たちがイチャつくのはもはや当たり前らしい。

「「はーい」」

 俺たちは揃って返事をして、手を繋いで千佳さんの数歩後ろから付いていく感じで歩き出した。


 ドゥー・ボヌールに向けて歩いている道中、俺は隣にいる綾奈を横目でチラチラと見ていた。

 もっと言えば、綾奈の身体のある一点……胸を見ていた。

 それもこれも、さっき三年生の教室で杏子姉ぇが雛先輩の胸に顔を埋めていたのを見たせいだ。


『マサはアヤちゃんにしてもらうことだね~』


 さっきの杏子姉ぇの余計な一言が幾度となく反芻する。

 そして反芻される度に俺の心臓の鼓動も早く、強くなる。

 正式ではないけど、俺たちは夫婦なんだ。だから別にお嫁さんの胸に顔を埋めるのはおかしなことじゃない……はず。

 でもいきなり『胸に顔を埋めさせて』と言ったら、綾奈は絶対にびっくりするよな。耳まで真っ赤にして『ふえぇぇぇ!?』って。

 なんか、すごい変態的な要求をしようとしているのでは? と思ってきた。

 綾奈と付き合って約四ヶ月半、これまで綾奈の胸には数えるくらいしか触ったことがないのに、そこに顔を押し当てようとしているんだ。尋常でないほどの勇気がいる。

 以前、綾奈がダイエットを始めたばかりの頃に、綾奈の脚にキスをしたことがあったけど、あれは気持ちが昂っていたから出来たわけで、素の状態でやれと言われても出来るのか怪しい。

 ……つまり、そういう気分になれば、お願い出来るハードルも下がるのかな?

 下がったとしても、相変わらず高いままだとは思うけど……。

 と、とにかく、時期が来たらお願い、してみようかな? いつになるかわからないけど。

 俺はそんな煩悩まみれな考えをしながら、そして相変わらず綾奈の胸をチラチラ見ながら歩いていた。


「…………」

 私は今、顔がものすごく熱い。

 だって、さっきから隣にいる真人が私の胸をチラチラと見てきているから。

 今までこんなに見てくることはなかったのに、どうしちゃったのかな?

 わ、私の胸……触りたいのかな?

 もちろん嫌とかではないよ。むしろこれまで真人から触ってきた回数が少ないから、ちぃちゃんや雛さんのような大きいのが好きなのかなってちょっとだけ不安だった。

 はしたないかもしれないけど、今までにないくらいチラチラと見てくるから、私の大きさでもいいのかなって思えて、ちょっと嬉しい。

 でも私から「触って」って言うのは、やっぱりすごく恥ずかしいから、だから、ま、真人から……来てほしいな。

 も、もしかしたら、言ってくる日が近いかもしれないから、びっくりしないように、いつ言われてもいいように心の準備はしておこう。

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