第526話 卒業式、雛の真人に向けたアピール
そして翌日の三月一日、卒業式当日。
綾奈と千佳さんに電車内で「あとでね」と言い、そのまま一人で学校へ行き、教室へ入る。
やっぱり卒業式当日だけあって、送り出す側の俺たち在校生の教室も、いつもと違う空気が感じられる。
「おはよう真人」
「よ、おはよう」
「おはよう健太郎、一哉」
教室に入り、自分の席に荷物を置いて、俺は二人に挨拶をする。
香織さんは女子グループにいるのだが、俺に手を振ってくれているので、俺も振り返しておこう。
「それにしても、いよいよ当日だな」
「ああ。あっという間だったな」
卒業式を思うと、どうしても寂しい気持ちになってしまうな。先輩の門出を祝わなきゃいけないのに、まだ学校に残ってもらって、俺たちと一緒に楽しい思い出をたくさん作ってほしい……なんて思ってしまう。
もちろん他意はない。後輩として、そして友達としてそう思っているだけ。
……ダメだな。雛先輩の前ではそんなこと思わないようにしないと。
「健太郎。雛先輩、どんな様子だった?」
「いつも通りだよ」
「そっか」
「様子、見に行ってみる?」
「……いや、友達とここで会うのも今日が最後なんだ。水を差すのはやめておこう」
「だな。俺たちは昼にドゥー・ボヌールで会うんだ。そこで時間の許す限り話したらいいさ」
「そうだね」
それからしばらく三人で話をしていると、校内放送で在校生は体育館に集合するようにとのアナウンスがあり、俺たちは体育館へ移動した。
いよいよ卒業式がはじまり、卒業生が入場してきたので、俺たち在校生は拍手をする。
二列になって続々と入ってくる三年生を俺はじっと見つめていると、雛先輩を見つけた。
今日もいつもと変わらずいい笑顔だなぁ。
あれ? 雛先輩も俺を見ている……っ!
雛先輩は俺に小さく手を振り、そしてウインクまでしたので、突然のことにびっくりして俺は息を呑んだ。
危うく目を逸らしそうになってしまったが、俺は雛先輩に笑顔を返した。
すると、雛先輩は満面の笑みを俺に見せて、そのまま歩いていった。
「おい中筋。お前、ずるいぞ!」
同じく雛先輩を見ていた俺の隣に座っているクラスメイトの男子から、小さい声でそんなことを言われた。
そんなこと言われてもなぁ……。
周りを軽く見ると、数人が俺に対し嫉妬や羨望の眼差しを向けている。どうやら周りも雛先輩のさっきの行動が誰に向けてやったものなのか理解しているみたいだ。
そりゃそうか。三学期の始業式で成り行きとはいえ、雛先輩が俺に好意があるって言っちゃったもんな。
まだあまり日は経ってないけど、いい思い出となってきていた。
それから卒業式は滞りなく進み、放課後となった。
俺をひがんでくるヤツらの言葉を話半分で聞き流し、俺はこれからどうするかを考えていた。
このまま帰るか?
それとも三年生の教室に行って、雛先輩に一言挨拶するか?
綾奈とはドゥー・ボヌールに一緒に行く約束をしているけど、今日は学校の帰りまで一緒の約束はしていない。
う~ん……どうするか。
「ねえ真人君」
「え?」
俺が考えごとをしていると、香織さんが声をかけてきた。香織さんの両隣には一哉と健太郎もいる。
「雛さんに挨拶しに行かない?」
どうやら香織さんも俺と同じことを考えていたみたいだ。
「挨拶?」
「うん。このあとドゥー・ボヌールで会うけど、雛さんともう学校で会えるのはこのタイミングしかないからさ。だからやっぱり、会っておきたいなって……」
「俺もどうしようか悩んでたとこだから、行こうよ」
「うん。じゃあ四人で雛さんの教室に行こう!」
俺たちはそれぞれ返事をして、香織さんのあとをついて行った。
……もしかしたら、香織さんは俺の立場上、雛先輩に会いに行きたいとは言いづらいのをわかってて誘ってくれたのかな?
「ありがとう、香織さん」
その答えは香織さんの胸の中にしかない。だけど俺はどうしてもお礼を言いたかったので、ボソッと香織さんにお礼を言った。
「? なにか言った?」
「いや、なんでもない」
もしかしたらそんな考えはなかったのかもしれないけど、言わずにはいられなかった。
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