第524話 夫婦でバルーンブーケ屋へ

 卒業式前日の二月二十八日。

 この日は午前中に授業、そして午後は卒業式の準備をして解散となった。

 俺たちのような在校生は人数分のパイプ椅子を並べるだけだったので、頭を使う作業ではなかったから楽だった。

 一、二年ほぼ総出でやったので、わりとすぐに終わり、いつもより早い時間に学校から出ることができた。

 どうやら高崎高校も同じらしく、俺と綾奈は合流してすぐにバルーンブーケを取りに行くことになった。

 その道中……。

「綾奈もパイプ椅子を並べる作業したの?」

「そうだよ」

「大変だったんじゃない?」

 力仕事だもんな。ランニングを続けて体力が上がったとはいえ、筋力は変わってないはずだから、綾奈はきっと疲れているはずだ。

 だから早めに取りに行って、綾奈を労おうと考えていた。

「大丈夫だよ。じつはちょっとだけど筋トレもしてるから、そこまで疲れてないよ」

「え、マジで!?」

 綾奈、筋トレもしてたのか。全然知らなかった……。

「うん。あんまり筋力をつけすぎると、真人も引いちゃうかと思ったから、ほんとに少しだけ、ね」

「まあ、いきなりムキムキの綾奈が出てきたらびっくりはするけど、引かないからね」

「えへへ~。真人にいつまでも「可愛い」って言ってもらいたいから、やりすぎたりはしないから安心してね」

「っ! ……うん」

 たとえムキムキになったとしても変わらず「可愛い」って言い続けるけどね。


「よし、着いたな」

 綾奈と手を繋いで楽しくおしゃべりをしながら歩いていたら、あっという間にお店に到着した。

「入ろっか」

「うん。……あの店員さんがいてもドキドキしたらダメだからね?」

「しないって」

 むしろそれを言ったら逆にドキドキしてしまうのでは……?

 と、とりあえず顔に出さないよう心がけよう。

 俺はお店のドアを開け、綾奈と一緒に店内へ入った。ドアの上に付けられていたベルがからんからんと鳴る。

 近くに店員さんはいなさそうだ。

 どうしよう? このままここで待っていたほうがいいのかな? それともカウンターに行く?

 普段来ないお店だから、こういう時にどういった行動をすればいいのか迷ってしまう。陰キャの悲しき特性だ……。

「とりあえず、カウンターに行こうか」

「うん」

 今日は平日だけど、もしかしたらどのスタッフさんもお客さんの対応をしているのかもしれないから、やっぱりカウンターに進むことにした。

 カウンターへ向かう途中、来店しているお客さんの対応をするスタッフさんが見えたので、俺の予想は当たっていたみたいだ。

 ……もしかしたら平日だからあまりスタッフさんもシフト入っていないのかも?

 そんなことを考えながら、カウンターに近づくと、一人の店員さんが後ろを向いて作業をしていた。

「あれ? あの人……」

 なんか、見覚えのある後ろ姿だな。

 俺の気のせいでなければ、クリスマスにドゥー・ボヌールで絡まれたあの人だと思うんだけど……。

「ねえ真人。あの人ってやっぱり……」

 どうやら綾奈も気付いているみたいだ。俺だけでないとなると、ほぼ確実に当たりだろう。

「うん。とりあえず行って声をかけよう」

「そうだね」

 俺たちは確信を持ってカウンターに行き、店員さんに声をかけた。

「あの、すみませーん」

「はい! ……って、あれ? あなたたちは……」

 やっぱり俺と綾奈の予想は的中していた。

 俺に声をかけられ、振り返ったその人は、ここの近くの猫カフェ・ライチで働く城下さんの友人で、城下さんと同じく麻里姉ぇのファンの、滝乃宮圭さんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る