第520話 いざ店内へ

「すごっ!」

 きららちゃんに別れを告げたあと、目的のお店に向けて再び歩き始めて十分ほどで到着した。

 正確に言えば、めちゃくちゃわかりやすいお店だったから、見た瞬間に「ここだ」と思った。

 目的のお店、『バルーンショップ上泉かみいずみ』はガラス張りになっていて、外から店内が見えるんだけど、その店内は様々な色や形の風船がいたるところにあり、誰が見てもそのお店というのがわかる。そして俺が思っていたよりもお店は広い。

 それにこれだけの数の風船だ。見てるだけでも楽しくなる。実際に店内には何組かのお客さんがいるけど、みんな笑顔だ。そしてお客さん全員が女性だ。

「かわいいお店だね真人!」

「ああ、本当にね」

 綾奈も店内を見てテンションが上がっている。

 普通の返しだったけど、俺だって綾奈と同じだ。

 美奈、茉子、香織さんも口々に感想を言っている。

 雛先輩のバルーンブーケをオーダーするために来たけど、店内を見て回りたい。絶対楽しいってこれは……!

「とりあえず入ろう」

 俺は一歩前に出て、お店のドアを開けた。

 すると、ドアの上に取り付けてあったベルがカランカランとなり、スタッフに来店を告げる。

「いらっしゃいませー」

 店内に入ると、店員さんが挨拶をしてくれた。店員さんもみんな女性だ。

 この空間に男が俺だけ……なんか落ち着かないな。

「男の人、お兄ちゃんだけだね」

「……言わないでくれ」

 にやにやしながら言うなよ……。

 とりあえず早くオーダー、店内を一周してからここを出よう。女性陣がまだ店内を見たいって言ったら外で待ってたらいいし。

 俺は近くにいた 背中まで伸びた黒髪をポニーテールにした薄フレームのメガネをした店員さんに声をかけた。

「あ、あの、すみません」

「はい。なんでしょう?」

 おお、笑顔が似合う綺麗な人だな。

「……むぅ」

 おっと、綾奈から不満の声が出ているな。これは早く本題を話した方がよさそうだ。

「えっと、お世話になった先輩に、その……卒業式でバルーンブーケを贈りたいんですけど……」

 ちょっとどもりながらだけど、なんとか用件を言えた。人見知り陰キャオタクにしてはまあまあだろう。

「あ、はい。かしこまりました。ではこちらにどうぞ」

「はい」

 店員さんのあとをついて行くと、レジ横にあるスペースに通された。

 そして待っていると、店員さんが一枚の紙を持ってきて、俺の前に出した。

「ではまず、こちらの用紙に代表者様の氏名とお電話番号をご記入ください」

「わかりました」

 俺は紙の上に置かれたボールペンを手に取り、自分の名前と電話番号を記入した。

「ありがとうございます。では次に、いくつか質問をさせていただきますね」

「は、はい」

 質問って、何を聞かれるんだろう?

「贈る方の好きな色はわかりますか?」

 好きな色か……。

 そういや、初詣の時に着ていた晴れ着は、綾奈のより濃いピンク色だったな。ピンク……でいいのかな? ちょっとみんなに聞いてみるか。

「ピンクでいい?」

「うん。雛さんピンクが好きって言ってたから大丈夫」

 さすが香織さん。雛先輩と仲がいいから色の好みも知ってるみたいだ。

「ありがとう香織さん。ピンクでお願いします」

「はい」

 店員さんは紙の空いているスペースにスラスラと文字を書いている。

「では次に、バルーンに入れたい文字などはありますか?」

「『雛先輩 ご卒業おめでとうございます』でお願いします」

 これはみんなであらかじめ決めていた。オーソドックスな文章だけど、変にひねりを入れるよりよっぽどマシだ。

 店員さんが『ひな』はどういう字を書くのか聞いてきたので、俺はそれに答えた。

「ありがとうございます。最後に、ご予算はどのくらいでしょうか?」

「えっと……一万円以内を考えているんですが……」

 俺たちは十人いるけど、そこは学生……バイトをしているわけでもないから一人が出せる予算はあまり多くない。

 唯一仕事をしている……いや、今はしていたかな? の杏子姉ぇが『いくらでも出すよ』って言ってくれたけど、やっぱり杏子姉ぇだけに負担させるわけにもいかないので、みんなで割り勘にした。

 ……正直な話、杏子姉ぇが去年までにどれだけ稼いでいるのかは興味はある。

「ありがとうございます。以上の質問をふまえて、お客様方にご提案出来そうな見本をお持ちしますので、少々お待ちください」

「わかりました」

 店員さんは立ち上がり、売り場へと消えていった。

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