第512話 『清水雛に花束を贈ろう』
明奈さんが作ってくれた夕食を堪能し、そしてお風呂もいただいた俺は、綾奈の部屋へ入った。もちろんノックも忘れていない。
「おかえりなさい真人。お風呂、どうだった?」
「ただいま綾奈。いいお湯だったよ」
俺の前にお風呂を済ませていた綾奈はパジャマ姿でベッドに座っている。冬休みで着用していたピンク色で猫のシルエットがプリントされたパジャマ。何度見ても可愛いな。
俺は綾奈の隣……少しだけ隙間が開くようにゆっくり座ると、綾奈はその隙間を埋めるように移動した。お互いの腕がくっついている。
「ねえ真人。真人がお風呂に入っている間に、メッセージアプリで健太郎君からグループのお誘いがあったんだけど……」
「お、来たか」
綾奈の話を聞いて、数日前の昼休み、教室で相談したことを思い出し、俺はそう言った。
「真人は知ってたの?」
「うん」
俺は自分のスマホを持ち、メッセージアプリを起動させると、俺にも健太郎からの招待が届いていたので、『参加』をタップする。
俺が参加したグループの名前は、『清水雛に花束を贈ろう』だ。シンプルイズベスト!
「ほら、来週は卒業式があるだろ? そこでお世話になった雛先輩に、みんなでお金を出し合って花束を贈ろうって話を健太郎たちとしたんだよ」
このグループには俺たちの他に、グループを立ち上げた健太郎、一哉、茜、千佳さん、香織さん、そして杏子姉ぇの名前があった。
「そっか……。雛さん、もう卒業なんだね」
綾奈が眉を下げた。声も元気を失いしゅんとしている。
学校は違うけど、綾奈も雛先輩との思い出があるから、それを思い出して寂しくなったんだろう。
「うん……。短い間だったけど、雛先輩には本当にお世話になったもんな」
「雛さんには、私たちが付き合いたての頃にとても大事な思い出を作ってもらったし、それにコスプレ衣装だって……」
出会ったのは去年の風見高校の文化祭で、半年にも満たない付き合いだけど、それでもめちゃくちゃお世話になった。
テスト勉強も見てもらったことがあるし、誕生日プレゼントも貰ったし、雛先輩が自作したコスプレ衣装も無償でいただいたし。
これだけしてもらっておいて、卒業式当日に『おめでとう』って言葉だけだと全然味気ないし、何より俺が嫌だ。
「……だから、健太郎にこの企画を発案したんだ」
「え?」
そう。俺が健太郎に「雛先輩に卒業式に花束を贈ろう」と提案して、健太郎も、そして一緒に昼食を食べていた一哉と香織さんも賛成してくれた。
「これって、真人が思いついたの?」
「うん」
「でも、どうして健太郎君がグループを作ったの?」
「……あまり意味はないと思うんだけど、雛先輩って俺のことが……」
「う、うん」
「だから自分ではグループを作りにくくて、弟である健太郎に代わりに作ってもらった」
雛先輩は俺に好意を抱いてくれている。だけど俺はそれに応えることはどうしたって出来ない。
『俺と綾奈のラブラブなところを見るのがもっと好き』と言っていたから、ありえないとは思うし、自分でもかなり自惚れた考えなのは重々承知しているのだが……。
俺が発案だと知った雛先輩の恋心に燃料をくべてしまうのでは……と思ってしまったのだ。
去年まで太っていた陰キャオタクな俺が、まさかこんなことを思うようになるなんてな……。
「そうだったんだね」
綾奈はそれだけつぶやくと、俺と繋いでいる手にキュッと力を込めた。
「自惚れ甚だしいし、ちょっとダサいよな。あはは……」
発案者なのに、贈る人の弟に頼むなんて……ダサすぎだよな。
それに雛先輩に言わなければそれもバレないし。……みんなから何かは言われるだろうけど。
俺のことをこれまでずっと肯定して、優しい言葉をいつもかけてくれた綾奈も、今回は同意するだろうと思っていたんだけど、綾奈はふるふると首を横に振り、優しい微笑みを俺に見せた。
「真人の雛さんに感謝を伝えたいって気持ちは本物だから、ダサいとか、かっこ悪いなんて思わないよ。みんなも真人と同じ気持ちだったから、こうしてグループに参加してくれたんだと思う。健太郎君だって、自分のお姉さんのことを考えてくれた嬉しさから、真人の頼みを引き受けてくれたと思うよ」
俺が健太郎に、「グループを作ってほしい」と伝えたら、二つ返事で引き受けてくれた。
理由を聞かれると思っていたけどそれもなかったので、俺の考えはお見通しだったのかもしれないけど、綾奈が言ったように健太郎も喜んでくれたならいいな。
「ありがとう綾奈。そう言ってくれてとても嬉しいよ」
「私は真人のお嫁さんだもん。どんな時だって真人を支えるよ」
俺たちは笑いあって短いキスを交わした。
綾奈のおかげで心が軽くなった。本当にありがとう綾奈。
それから俺は、健太郎がIDを知らない美奈と茉子に招待を送って、二人がグループに加わったのを確認すると、いよいよミーティングが始まった。
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