第496話 麻里奈のチョコレート

「はい真人。私からのバレンタインのチョコよ」

「え?」

 夕食を食べ終え、リビングで綾奈と一緒にテレビを見ていると、麻里姉ぇがさっきのドゥー・ボヌールのロゴが入った紙袋を手渡してきた。え? 俺に渡すやつだったの!?

「なんでそんなに驚いてるのよ?」

「いや、麻里姉ぇから貰えるなんて思ってなくて……てっきりそれは弘樹さんにあげるのかと」

 麻里姉ぇがこっちに帰ってくるとは思ってなかったし、そもそも俺は麻里姉ぇから貰えるなんてこれっぽっちも思ってなかったから……。

「大事な義弟おとうとにあげないわけないじゃないの。言っておくけどそれはお店の商品じゃなくて、一昨日ここで作った手作りのチョコよ」

「手作り!?」

 マジで!? 麻里姉ぇの手作り!?

 それはファンの人なら喉から手が出るほど欲しいものでは?

 俺の脳裏にこのチョコを奪わんとする滝乃宮さんと城下さんが出てきた。たとえあなたたちでもこれはあげません!!

「そうよ。これでも翔太さんには毎年手作りのを渡していて、『美味しい』って言ってくれるから、味にもそこそこ自信があるのよ」

「ま、マジですか……」

 洋菓子のことになると、おそらく麻里姉ぇにも妥協はしなさそうな翔太さんに『美味しい』と言わせる麻里姉ぇのチョコ……。絶対に美味しいことが確定している。

 今から食べるのがすごく楽しみになってきた。

「食後のデザートに食べてみる?」

「っ!」

 麻里姉ぇの言葉に一瞬頷きかけてしまったが、俺はそれを頷くわけにはいかない。

 俺はそんな考えを頭から追い出すべく、首をぶんぶんと左右に振り、無理やりそんな考えを追い出す。

「ごめん麻里姉ぇ。正直めっちゃ食べてみたいけど、また後日食べることにするよ。一番最初に食べるのは、綾奈のチョコって決めてるから」

 別に綾奈と約束したわけではないけれど、やっぱり一番最初に食べるならお嫁さんから貰うチョコからだと最初から決めていた。

「真人……」

 俺の隣にいて、ずっと俺と麻里姉ぇの会話を聞いていた綾奈は、俺の肩にこてんと頭を乗せてきた。

 俺は条件反射のように、綾奈の頭を撫でる。

「だから綾奈のチョコ……早く見たいな」

 未だに綾奈のチョコを見ていないから、どんな形なのかも含めて、見たいという感情がそろそろ限界にきていた。

「う、うん! 冷蔵庫に入ってるから取ってくるね。真人は先に私の部屋に入っててね」

「わかった」

 実はこれは綾奈と打ち合わせをしていて、綾奈のチョコは綾奈の部屋で受け取ることになっていた。

 このあと綾奈のチョコをいただくのだが、まあ、うん……ただ食べるだけでは済まないと思うし。

「え? 真人、これから綾奈のチョコを食べるの?」

「うん」

「さっき晩ご飯をいっぱい食べてたけど……入るの?」

「大丈夫だと思う」

「……だといいけど」

「え?」

 なんか麻里姉ぇから不穏なセリフが聞こえるけど……どういう意味だ?

 何個もあるってことなのかな? だとしたらもし食べきれなくてもまた日をまたいで食べたらいいし、何も問題はないよな。まあいいか。

「じゃあ、弘樹さん、明奈さん、麻里姉ぇ。二階に上がらせてもらいますね」

 ここの家族の一員と認められているとはいえ、やっぱりことわりもなく上がるのはダメだと思った俺は、三人にそう言った。

「はい。どうぞ真人君」

「そんなに畏まらなくても、勝手に上がってもいいんだぞ?」

「さすがにそういうわけには……」

「ふふ、真人らしいわね」

 弘樹さんは若干酔っていそうだったけど、皆さんから優しい言葉をもらって、俺は一人で二階にある綾奈の部屋へと入った。

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