第497話 綾奈の本命チョコを見て……
時刻はまだ八時前。俺は綾奈の部屋で一人、この部屋の主が来るのを待っていた。まだもうちょっとだけなら長居ができるな。
大丈夫。『なるべく早く帰ってこい』という母さんから言われたことはちゃんと頭の中に入ってるし、弘樹さんと明奈さんのご迷惑になるといけないから、早く帰らなきゃとも思ってる。
それにしても、何度見てもこの部屋は綺麗にしてるな。
綾奈の部屋だから当たり前だけど、綾奈の匂いが部屋中からしてとても落ち着く。決して変態ではない。お嫁さんが好きなだけだ。
「ん?」
綾奈の部屋を見渡していると、ベッドのそばに鎮座している二匹の猫のぬいぐるみ、まぁくんとあーちゃんと目が合った。
そういえば、俺がこの部屋で綾奈の脚をマッサージして、それからイチャイチャした一部始終をこの子たちに見られてるんだよな……。
今回イチャイチャしない……というのはありえないと思い、二人には悪いけど後ろを向いてもらった。ごめんな。あとでちゃんと戻すから許してくれ。
俺がちょうどまぁくんとあーちゃんを後ろに向け終えると、階段から足音が聞こえてきた。どうやら綾奈が来たみたいだ。
「ここはドアを開けて出迎えるか」
ドアを開けて廊下を覗くと、綾奈がこちらに向かってきていた。
両手でトレイを持っているけど……そのトレイ、ちょっと大きいような……。
「あ、真人。開けてくれてありがとう」
「いえいえ。これくらい当然だ……って」
綾奈が俺のそばに来て、俺の目は必然的に綾奈の持っているトレイに目が行くのだけど、二人分のココアはいいとして、トレイに乗っていたチョコを見てギョッとした。
……え? デカくない?
いや、デカいといってもとんでもなくデカいわけじゃなくて、目算だけど直径十センチくらいはありそうなハート型のチョコレートがそこにはあった。
そしてそのハート型のチョコレートの内側に、その形に沿ってピンク色のラインが引かれている。色からしてストロベリーソースかな?
「や、やっぱり大きい……よね?」
「え!?」
俺がチョコレートをめちゃくちゃガン見しているから、綾奈も俺が思っていることがわかってしまったようだ。
しまったな……。すぐに感想を言うべきだった。
「一緒に作ってたちぃちゃんと茜さんにも言われたの。『デカくない?』って……」
「そ、そうなんだ……」
「型を買うとき、真人のことを想いながら選んでたらこの大きさのを選んじゃって……それに晩ご飯食べたあとだからそんなには食べれない……よね?」
確かに大きいけど、厚さは市販の板チョコより少しだけ厚い程度だから、別に食べきれないものでもないと思う。
「綾奈」
「……はい」
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。綾奈の気持ち、すごく嬉しいから」
何より、そんな綾奈の想いを聞けてめちゃくちゃ嬉しい。
だって、それだけ俺を愛してくれているってことだから。
「……本当?」
「本当だよ。これほどまでに想ってくれているお嫁さんを持てて、俺は幸せだよ」
「ましゃと……」
「それに、せっかくの綾奈の本命チョコ、あっさり食べてしまうのも味気ないけど、この大きさならそんな心配は無用だからね。だから、めっちゃ味わって食べるよ。本当にありがとう綾奈」
さっき晩ご飯をいっぱい食べたのに、今はこのチョコを食べたくて仕方がない。口の中に唾液が溢れてきた。
「わ、私の方こそありがとうだよ。こんな大きいのを作っちゃったのに、優しく受け止めてくれて……」
「綾奈からもらって嬉しくないものなんてないからね。早く食べたいな」
「う、うん。じゃあローテーブルに置くね」
「あ、俺が持つよ。長々と話しちゃったから腕が疲れただろ?」
それほど重くないとはいえ、二人分のココアが入ったマグカップが乗っているから、こぼれないように集中しないといけないからな。その分しんどくなってしまう。
俺は綾奈の返答を待たずに綾奈から優しくトレイを奪った。
「ありがとう。真人」
「これくらい当然だよ。さ、中に入ろう……って、綾奈の部屋なんだから俺が言うなってね」
「ふふっ」
「はは!」
俺がトレイを持って再び綾奈の部屋に入り、綾奈はそっとドアを閉めてくれた。
そしてココアがこぼれないように慎重にローテーブルの上に置き、俺と綾奈は肩が触れ合う距離で腰を下ろした。
さあ、いよいよ綾奈のチョコを食べれるんだ。
綾奈を好きになって一年以上……夢にまで見た綾奈のチョコだ。
しっかりと舌に、そして脳に記憶しておかないとな。
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