第498話 実食! 本命チョコ

 部屋に入ってすぐ、綾奈は「あっ!」 と何か思い出した顔をしてから、「もう一度リビングに戻るね。ごめんね真人」と言って部屋から出た。

 そして戻ってきた綾奈の手にはトングが握られていた。見た目がハサミのようになっているステンレス製のトングだ。

 なるほど直接手で掴まないための、衛生に考慮して、か。

 さすが綾奈。こういうところにも気配りが出来て素直に尊敬する。

 綾奈が座るのを見て、なんだかんだで緊張していたので、綾奈が持ってきてくれたココアで喉を潤す。

「あちっ……」

 だけどまだ淹れたてだったようで、猫舌の俺にはまだ熱い温度だった。

「大丈夫真人!?」

 そして些細なことでも心配してくれる俺のお嫁さん。毎回思うけど嬉しいんだよ。

「大丈夫だよ。ありがとう綾奈」

「う、うん……」

「さて! それじゃあいただこうかな」

 綾奈にこれ以上心配させないために、少しオーバーなリアクションを取った。別にまだ残ってる緊張を紛らわすためではない。

 そうしてチョコに手を伸ばして取ろうとした瞬間、隣にいる綾奈の手が伸びてチョコを取ってしまった。

「え? 綾奈?」

 まさかこんな場面でおあずけをくらうとは思ってなかったので、驚きと戸惑いの視線を綾奈に向けてしまう。

 そしてチョコをトングで持った綾奈はというと───


「真人、あ~ん」


「っ!」

 そのチョコを俺の口元まで持ってきた。

 まさか食べさせてくれるとは思ってなかった。頬が熱くてドキドキする。

「えっと……いいの?」

「う、うん。真人が嫌だったらやめようと思ってたけど……」

「嫌なわけないよ! めっちゃ嬉しい」

「えへへ、よかった~」

 突然の行動でびっくりしたけど、綾奈に『あ~ん』をしてもらうのは好きなので大歓迎だ。決して綾奈の前では精神年齢が幼児退行しているとかではない。これも俺たちなりのスキンシップだ。

「じゃあ綾奈……あ~ん」

「はい。あ~ん」

 俺が口を開けると、綾奈はゆっくりとチョコを俺の口の中へ入れ、俺はそれをかじった。

 パキッという音が綾奈の部屋に響く。

 さっきまで冷蔵庫に入れられていたからか、かじった瞬間、唇がひんやりする。

 俺はパリポリと音を立てながらゆっくりと味わいながら咀嚼し、やがて最初の一口を飲み込んだ。

「ど、どうかな……?」

 俺に味の感想をおそるおそる聞いてくる綾奈。そんなに心配しなくてもいいのにな。

「めっちゃ美味しい!」

 もはやそれ以外の言葉が見つからない。文句なしだ。

「ほ、本当!?」

「ああ。チョコ自体は甘すぎず、ストロベリーソースで甘さをプラスした絶妙なバランス……ほのかに香るミルクもまた一つのアクセントになっていてめっちゃ俺好みの味になってる!」

「真人は甘いもの好きだけど、ストロベリーソースも使ってるし、甘すぎたら全部食べきれるか不安だったから、チョコはちょっとだけ甘さを抑えてみたの。真人のお口に合って本当に安心したぁ……」

「綾奈は俺の味の好みがわかってきたね」

「私の旦那様のことだもん。覚えたからにはもう絶対に忘れないからね」

 初めて綾奈の料理を食べた時から思ってたけど、もう俺は綾奈の料理なしではダメだ。俺の胃袋は完全に綾奈に掌握されている。

「綾奈。もっと食べたい」

「いいよ。はい、あ~ん」

「あ~ん」

 それからも俺は、綾奈に『あ~ん』をされながら一口一口大事に味わって食べた。

 心が幸せすぎてどうにかなってしまいそうだ。

 この部屋の空気が甘いものになっていると自分でもはっきりとわかる。

 ……ちょっと綾奈に甘えたくなってきたな。

 チョコを食べ終えたら、帰るまで膝枕してもらおうかな?

 そんなことを考えていると、大きいと思っていたチョコが、気づけばあと二、三口くらいで食べ終えてしまうまでになっていた。

 ハートの下の方が少しだけ縦長に残っている。

 俺はまた綾奈に『あ~ん』をしてもらおうと口を開けたのだが、待ってもチョコはやってこない。

「綾奈?」

 どうしたのかと思い綾奈を見ると、綾奈はトングで持っている残りのチョコをじっと見つめている。なんか頬が赤くないか?

 そう思いながら綾奈を見ていると、綾奈は一度だけ頷いて、それを見た俺は内心で首を傾げていると、なんと綾奈は、残ったチョコの先端を唇でくわえて、目を閉じ顎を上げた。

「……え!?」

 これって、もしかして……!!

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