第499話 最後の一口はひときわ甘く
綾奈は残り少なくなったチョコを口に咥えたまま、頬を赤くし、そして目を瞑って俺を待っている。
これは……そういうことだよな?
マンガやラノベで見たことがある、合コンなんかで一本のスティックタイプのお菓子を男女が両端を口にくわえて食べるゲーム。
それっぽいことをやってくるとは全く予想してなかった。
今まで食べさせあったりは何度もしてきたけど、その際にまだドキドキするっていうのに、今からしようとしている行為は、そのドキドキがさらに強い。
セオリーかお約束かどうかは知らないど、合コンでやるゲームではお互いの唇が近くなったら折れるんだよな。
それは付き合っていない男女が、そういった場でやるお遊びみたいなものだから。
だけど俺たちは婚約しているカップルだから、途中で割る必要なんかはない。そもそもあのチョコが都合よく割れるなんて思わないし。
ということは……。
「っ!」
割れなかった場合を想像して、頬がさらに熱くなって、胴体に響くくらい心臓がうるさく高鳴っている。
割れなかった場合の結果───キスは何度もしてきたはずなのに、シチュエーションが違うだけでドキドキが何倍も大きくなる。
「……」
綾奈が片目を半分だけ開けて、すぐに閉じた。
きっと何もしてこない俺の様子を見るためなんだろうな。
綾奈だってドキドキしてるし、勇気をだしてやってきているに違いない。
そんなお嫁さんをいつまでもそのままで待たせるのは……男としてダサいよな。
いつまでも顎を上げた体制だと疲れちゃいそうだし。
……よし!
俺は気合を入れ、ゆっくりと顔を近づけ、綾奈がくわえている方とは逆からチョコを口にくわえた。
「……!」
俺がチョコをくわえたのがわかったのか、綾奈は目を瞑ったまま肩が跳ねていた。
それを見た俺の心臓はさらに鼓動を強くする。
お互いの顔の距離はおそらく十センチもないくらい。
心臓の鼓動……綾奈に聞こえていないよな?
綾奈のまつ毛、長いな。
なんて感想を心の中で呟いて、俺は一口、チョコをかじる。
もう何度目かわからない『パキッ』という音が部屋に響く。
その音もあと数回で聞こえなくなる……それは俺が綾奈の作ってくれたチョコの完食を意味するのだけど、この状況で、もう一つの意味が生まれていた。
それは、俺が綾奈とキスをするまでのカウントダウンだ。
この音が聞こえなくなった時、俺は綾奈とキスをする。
早く綾奈とキスをしたいと思ってるのに、この胸の高鳴り、緊張……そしてチョコを食べ終えてしまうという寂しい気持ちがそれをかすかに阻んでいる。
けれど、そんなことでひよっていられないので、俺は少しずつチョコを食べ進み、そして───
「ん……」
綾奈が唇でくわえていた分を奪うのと同時に、俺は綾奈にキスをした。
キスをした瞬間、綾奈から艶かしい声が聞こえてきて、それが耳から脳に伝わり、チョコの甘さと、この甘い空気……
綾奈とキスをしたままチョコを咀嚼していると、綾奈が自らの舌で俺の唇を開こうとしたが、さすがに咀嚼途中なので抵抗した。
最後のチョコを飲み込んだタイミングで、俺はゆっくりと唇を離した。
目を開けて最初に見た最愛のお嫁さんの顔は、頬を赤くし、目はとろんとして俺をじっと見つめていた。
「チョコレート……美味しかった?」
「最高に美味しくて……とっても甘かったよ」
それ以外の感想はないよ。ただただ最高だった。
「えへへ、よかった~」
「あ、あのさ……綾奈」
「なぁに? 真人」
「もっと……キス、していい?」
「っ! ……うん」
俺たちはどちらともなく顔を近づけ、再び唇を重ねた。
唇を重ねると、綾奈は両腕を俺の後頭部に回してきた。
今度は俺から舌で綾奈の唇を開け、綾奈もそれを受け入れて舌を出してきた。
一度唇を離すと、綾奈がとろんとした目で俺を見てくるので、さらにドキッとする。
「ましゃとのくち、チョコの味がする」
「最高に美味しくて、甘いチョコを食べたからね」
俺たちは笑いあい、また唇を重ねた。
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