第495話 麻里奈、帰宅
『ただいまー』
俺が綾奈の家で夕食に舌鼓を打っていると、玄関から女性の声が聞こえてきた。
「お姉ちゃんだ」
綾奈が言ったように、この家に入って『ただいま』と言う女性は、あとは麻里姉ぇしかいない。
「俺、出ます!」
俺は考えるよりも早く身体が動き、席を立って廊下へと向かった。
あれ? でもどうして帰ってきたんだ?
まあいいや。俺も言いたかったことがあるし、麻里姉ぇがここに帰ってきてくれたのは好都合だ。
「おかえり麻里姉ぇ」
「ただいま真人」
俺が廊下に出ると、麻里姉ぇはヒールを脱いでいるところだった。
手にはドゥー・ボヌールのロゴが入った紙袋を持っていた。
それに俺が出迎えたのに驚かないってことは、今日俺がここで夕食を食べることは知っていたみたいだな。綾奈から聞いたのかな?
「さ、真人。廊下も寒いから早くリビングに入りましょ」
ヒールからスリッパに履き替えた麻里姉ぇは、俺の肩をポンと叩いてそのままリビングに行こうとした。
「ち、ちょっと待って麻里姉ぇ!」
だけど俺はそんな麻里姉ぇを呼び止めた。麻里姉ぇに言わなければならないことがあったから。
リビングに入ると、おそらくそんな空気ではなくなってしまうから、言うのは今しかないと直感で動いていた。
「どうしたの真人?」
「その……ごめんなさい!」
突然呼び止められ、不思議そうな表情で俺を見ていた麻里姉ぇ。俺がいきなり謝罪し頭を下げたから、多分さらに謎を深めてしまっただろうな。
「なんで真人が謝るのかしら? 何も謝られるようなことはされてないのだけれど……」
「その……昨日千佳さんが部活を途中で抜ける原因を作ったのは俺だから……だから、ごめんなさい!」
俺が麻里姉ぇに言いたかったこと……それは謝罪だ。
千佳さんは気にしなくていいって言ってくれたけど、それでも俺は謝らずにはいられなかった。
千佳さんが、みんなが俺のせいじゃないって言っても、こうして謝らずにいたら、俺は自分が許せなくなる。
「千佳から理由は聞いたわ。清水君を昔いじめていた人たちに会ったのよね?」
「うん。千佳さんにビデオ通話をしたのは俺で……」
「友達のために、自分が正しいと思った行動を取った真人に非はないわよ」
「だけど……!」
「それに今日、千佳から理由を聞いたけど、注意だけして怒ってないから」
「……え?」
「ほ、本当お姉ちゃん!?」
麻里姉ぇの予想外の言葉に、俺は腰を折ったまま麻里姉ぇの顔を見た。すると麻里姉ぇは眉を下げていたが優しい笑顔を俺に向けていた。
そして綾奈もいつの間にか廊下に出てきていた。
「本当よ。千佳ってもの凄く真面目なのは昔から知ってるし、絶対に何かあると思ってたから最初から怒る気なんてなかったわ」
「ま、マジ……?」
「マジよ。仮に昨日、千佳が部活に残ったとしても、清水君のことが気になっていいパフォーマンスが出来なかったでしょうし、教師の立場でこんなことを言うのは間違ってるんでしょうけど、大切な人が傷つけられているかもしれないって時になんの行動もしない人に、真に人を愛することなんてできないもの。そっちの方が怒ってたかもね」
「麻里姉ぇ……」
「お姉ちゃん……」
「だから千佳に怒ってないし真人も悪くないわ。もっと自分の選択に胸を張っていいのよ」
「う、うん……」
どうしよう。想像してたのとは真逆な反応をされてしまってめちゃくちゃ戸惑っている。
怒られる覚悟が出来ている状態で麻里姉ぇの前に行ったのに、怒られるどころか、昨日の俺の行動が賞賛されるなんて……。
「さ、この話はこれでおしまい。早くリビングに入りましょう」
そう言って麻里姉ぇはスリッパをパタパタと鳴らしながらリビングに入っていった。俺と綾奈はそんな麻里姉ぇの背中を見ていることしか出来なかった。
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