第503話 本当に仲のいい兄妹に……

 美奈からチョコを受け取り、今は二人で俺のベッドの上に座っていた。

 ここに来る前から、美奈は一言も喋らなくて、ずっと俯いていた。

 ここは俺から切り出すしかないな。

「なあ、美奈───」

「お兄ちゃん」

 何を話すかなんて決めてなくて、とりあえず何か喋らなきゃと思って美奈の名前を呼んだら、美奈も俺を呼んだ。相変わらず俯いているけど……。

「どうした?」

「……あの頃の私って、最低だったよね」

「最低?」

「お兄ちゃんは今と変わらず優しく接しようとしてたのに、それなのに私はお兄ちゃんを無視して、必要以上に距離を取って……」

「……」

「お兄ちゃんと一緒にいるのを見られるのが恥ずかしい……兄妹って思われたくないって気持ちが強くて、いっぱい酷いこと言っちゃったから……お兄ちゃん!」

「なんだ?」

「今さらなのはわかってる! 言い訳もしない! 本当に……本当にごめんなさい!! その……私のこと、嫌わないでほしい!」

 美奈はそう言うと、頭を下げた。

 美奈の頭頂部が俺の目の前にあり、両手は強く握って両膝に置かれている。

 その手を見るとカタカタと震えている。いや、手だけでなく肩まで震えている。

 美奈だって俺の性格は知っているはずだ。だから『お兄ちゃんが私を嫌いにはならないはず』と思っているだろうけど、でも過去に罵詈雑言をいっぱい言って、無視もしきてしたから、『嫌われてもおかしくない』とも思っているのかもしれないな。

「……美奈」

 俺が名前を呼ぶと、美奈は肩をビクッと震わせ、ゆっくりと顔を上げて俺を見た。その表情は今にも泣きそうにしていた。

「……なに? お兄ちゃん」

「ていっ!」

 あまりにもビクビクするもんだから、俺は美奈のおでこを軽く指ではじいた。

「あいたっ!」

 軽くのけぞり、デコピンされた箇所を手で押さえる美奈。

「な、何するのお兄ちゃん!?」

「お前がありえないことを考えてるからな」

「ありえないって……でも私はそれだけのことをお兄ちゃんに───」

「俺がお前を嫌うなんてあるわけないだろ? 俺のことを『シスコン』って言ったのはお前だぞ?」

 しかも二人きりの時じゃなく、スーパーで麻子さんと凛乃ちゃんがいるのにはっきりとな。

「だけど、あれだけ色々言ったら、さすがのお兄ちゃんだって、私を嫌いになっても……見捨ててもおかしくないって……」

「俺は一度もお前が嫌いって思ったことなんかないし、これからもずっと美奈のことは大好きなままでいるから安心しろよ」

 俺はできる限り優しい口調でそう言い、美奈の頭にポンと手を優しく乗せた。

「で、でも……ちゃんと謝らずに有耶無耶にしてきたのも事実だし……」

「『ごめんなさい』って言うのって、簡単そうにみえて実はめちゃくちゃ難しいしな。むしろ時間が経った今のほうが何倍も勇気がいるもんだ。確かに言葉にしたのは初めてかもしれないが、俺は前から美奈の謝罪の意を受け取っていたよ」

「え!?」

 美奈が目を見開いて本気で驚いている。

「お前が指を切って、俺が治療したあの日を境に、少しずつだけど俺に積極的に話しかけるようになったろ? 『ごめんなさい』を言葉にする勇気がなかったけど、言葉にする代わりに行動で表した。違うか?」

 本気で自分が悪いと思っていなければ、それまで毛嫌いしていた俺に対してあんなに積極的に関係修復を図ろうとはしなかったはずだ。

 それはある意味、謝罪を口にするよりも勇気がいる行動だ。

 だけど俺が口を出すと、美奈はその行動すら制限をかけてしまうかもしれないと思ったから、俺は何も気にしない、気付かないふりをして、ただ内心で美奈が話しかけてきてくれるようになったのをめちゃくちゃ喜びながら美奈と接し、本当に仲のいい兄妹に戻ることができたんだ。

「……鈍感なお兄ちゃんに知られていたなんて」

「おい」

 確かに自分は鈍感だと自覚しているけど、妹の心の変化を読み取れないほどではない。

「とにかく、たった一人の血の繋がった妹を嫌うわけないし、俺は変わらずにお前が大好きなシスコンのアニキのままだから心配すんな」

「……うん…………うん!」

 美奈は少し涙ぐんで俺に抱きついてきて、俺は美奈の背中に手を回した。

「ありがとうお兄ちゃん……ぐすっ、ごめんっ……ごめんね!」

「ああ」

「わたしも……うっ、……お兄ちゃん、大好きだから……!」

「ありがとう、美奈」

「これからも、仲の、いい……兄妹で、いてねっ!」

「もちろんだ。俺からも頼むよ」

「……うん!」

 俺は美奈が泣き止むまでの約三分間、美奈の背中をぽんぽんと優しく叩き、頭を撫で続けた。

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