第502話 中筋兄妹の過去

 綾奈に恋する以前の俺は太っていて、自分から何かをしようということはなく、休日は部屋に引きこもってラノベやマンガを読んだりゲームをやるばかりだった。

 当然部屋は散らかり放題で足の踏み場がほとんどない。本や衣類、中身のないペットボトルやお菓子の袋といったゴミも床に転がっているのが当たり前で、改善するつもりはなかった。

 外に出るとゴミとかが気になって拾ってはゴミ箱に捨てたりするんだけど、自分の部屋はどうにもそれができない。誰に迷惑をかけてるわけでもないからいいじゃんみたいに思っていた。

 だけど、そんな俺を一番近くで見てきた美奈は我慢ならなかったようで……。

『美奈、おはよう』

『…………』

 俺が挨拶をしても無視を決め込むのが茶飯事だった。

 美奈が中学に上がった時も……。

『学校では私には話しかけないでね。私も話しかけないから』

『わかったよ』

 とまあ、こんな感じで拒絶された。

 こんなだらしないのが自分のアニキだと知られるのが恥ずかしかったのだろう。

 俺も美奈の立場になって考えるとちょっと嫌かもと思い、特に意見することもなく美奈の言う通りにしていた。

 美奈の態度に思うところがなかったと言えば嘘になるけど、それでも自分が……自堕落な生活を続けて美奈を怒らせたのが悪いから……。

 それから茉子がうちに遊びに来たときも……。

『いらっしゃいマコちゃん』

『こ、こんにちは真人先輩!』

『もー、あっち行ってて! マコちゃん、早く私の部屋行こ』

『何か飲み物持っていこうか?』

『いいから何もしないで!』

『……』

 あの時の茉子の心配そうな表情は今でも覚えている。

 俺たち兄妹の仲を心配させて、申し訳なかったな。

 そのあと俺がリビングで冷蔵庫を漁っていると、茉子が降りてきたことがあったっけ。

『あの、真人先輩……』

『ん? どうしたのマコちゃん?』

『その、私……』

『ごめんね心配させて……ありがとう』

『いえ、そんな……』

『でも俺と喋ってるのを美奈に見られると怒りそうだから、マコちゃんは戻った方がいいよ』

『わ、私は真人先輩ともっと……!』

『ん? どうしたの?』

『……いえ、なんでもありません』

 そう言って茉子は俺にぺこりとお辞儀をして美奈の部屋に戻っていったっけ。

 あはは……本当に茉子には申し訳なかったな。


 美奈の態度が軟化していったのは、俺が中三、美奈が中一の十月に入った頃……ちょうど俺が綾奈に惚れたくらいからか。

 綾奈に惚れたけど依然として自堕落街道まっしぐらだったのだけど、美奈の態度に変化が見られたのだ。

『美奈、おはよう』

『……おはよう』

 挨拶も返してくれるようになり、家での会話も少しずつだけど増えていった。

 おそらくその少し前にあったアレがきっかけになったのだろう。


 あの日、リビングに入ろうとしたら、パリンと何かが割れる音がして、俺は慌てて廊下とリビングを繋ぐ扉を開けた。

 すると美奈が中身の入ったグラスを床に落として割ってしまい、床が惨事になったことがあった。

 俺がリビングに入って最初に目にしたのは、美奈がグラスを手で拾おうとしていて、それで指を切った光景だった。

『美奈!』

 俺は慌てて美奈に駆け寄る。

『私がやるから、あっち行っててよ!』

『んなわけにいくか! 待ってろ!』

 俺は急いでリビングに置いてあった救急箱を手に取り美奈の元へと戻る。そして俺に触れられるのも嫌がっていた美奈を無視して、患部をティッシュで押さえて、出血がおさまるのを待ち、水でゆすいだあとにティッシュで手を拭き絆創膏を貼った。

『美奈、他に怪我はないか?』

『……う、うん』

『そっか! よかったー。あとはやっとくから、美奈は安静にしてろよ』

『あ……』

 何かを言おうとしていた美奈の肩をポンと叩いて、俺は片付けを済ませた。

 たとえ嫌われていたとしても、美奈は大事な妹だから……。万が一傷が増えたら大変だと思い、俺は一人でやった。

 片付けが終わるまで美奈はずっと俺を見ていて、片付けが終わると『あ、ありがとう……』と言って、部屋に戻っていったっけ。

 あいつにお礼を言われたのなんていつ以来だっけ? と思い、嬉しかったのを覚えている。

 そこから少しずつだが兄妹の仲はよくなり、俺が綾奈に振り向いてもらうためにダイエットをはじめると、美奈も応援してくれたり筋トレを手伝うようになったっけ。

 部屋の片付けもちょっとだけど手伝ってくれた。

 俺が変わることで、仲のいい兄妹としてお互いよく接するようになり、茉子もそんな俺たちを見て嬉しそうにしてたな……。

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