第489話 4つのチョコを貰う
「おはよー」
俺が教室に入ると、一哉と健太郎が既に来ていて雑談をしていた。あ、今日は香織さんも一緒だ。朝に一緒にいるのは珍しいな。
カバンを自分の机に置き、三人の元へ向かうと、みんなから朝の挨拶が返ってきた。
そして俺は健太郎を見て少しだけギョッとした。
「健太郎……それ……」
なぜなら、健太郎の左頬が少し赤くなっていたからだ。
「うん。ちょっと千佳にいいのを貰っちゃってね」
千佳さんから健太郎をビンタしたってのは聞いたけど、まさか一晩経っても跡が残っているとは……どれだけの力で引っ張たいたんだ?
「でもおかげで目が覚めたよ。千佳を呼んでくれた真人には本当に感謝してるよ。ありがとう」
「っ、いいって……」
俺のお節介で健太郎を困らせてしまったと思ったけど、ちゃんといい方向で決着したからよかったよ。
あと気がかりなのは、麻里姉ぇが千佳さんを怒るかどうかだ。これはどちらかから直接聞くしかないよな。
「私はさっきその話を聞いたからびっくりしたよ。それにしても酷いよねその男子たち!」
「ありがとう北内さん。でももう本当に終わったことだから大丈夫だよ」
昨日のことを二人に聞いて憤慨している香織さん。友達がそんな目にあっていたって知って怒らないやつはいないよな。
あいつらも、もしまた会うことがあるのなら、もう少し歩み寄ってくれるとありがたいな。
「うん。……じゃあ真人君も来たところで……」
香織さんは一度自分の席に戻り、カバンから何やら紙袋を取り出して戻ってきた。これはまさか……。
「はいみんな。私からのバレンタインチョコだよ」
やはりチョコだった。半透明な赤のラッピング袋に、丸型のチョコが三つ入っている。
香織さん、茉子の家にいたし、手作り……だよな。
俺たちは香織さんにお礼を言った。
ちゃんと味わって食べないとな。
「みんな~」
香織さんからチョコを受け取ってすぐに、教室の外から聞き慣れたおっとりボイスが耳に入ってきた。
そちらを見ると、雛先輩がこちらに歩いてきていた。
「あ、姉さん」
「雛さん。おはようございます」
「「おはようございます」」
この時期、三年生は自由登校だ。それなのに雛先輩が学校に、そしてこの一年の教室に来たってことは、理由はひとつしかないだろうな。
そして気のせいか、周りの男子たちの纏っている空気が少し変わった気がする。
「みんなおはよ~。早速だけど真人君と山根君。はい、チョコレートよ~」
雛先輩は持っていたカバンからチョコが入っているであろう紙袋を取り出した。ピンクのを一哉に、そして赤いのを俺に手渡してくれた。
手渡してくれる時の表情こそ、いつものにこにこした笑みだったんだが、中がチラッと見えたんだけど、気のせいか俺のはハート型になっているように見えた。
やっぱり本め……いや、深く考えないでおこう。雛先輩も変に意識してほしいとは思ってないだろうしな。
俺も忘れないうちに綾奈と千佳さんから預かったチョコを渡そうと思ったんだけど、そのタイミングで茜と杏子姉ぇもこの教室にやってきた。
「やっほーみんな」
「おはよ~」
二人も袋を持っていて、おそらくチョコだろうな。
そして杏子姉ぇの登場で、周りの男子の空気がさらに変わった。すげー睨まれてる気もするけど見ないようにしておこう。見たら負けだ。
「はいみんな。私たちからのチョコだよ」
「初めて作ったけど難しかったよ」
「え!? 杏子姉ぇも手作り?」
茜は綾奈たちと作ったって聞いたけど、まさか杏子姉ぇまで自分で作っているとは思わなかった。
……なんだ? 周りから殺気を感じる。
「私だって一応料理は出来るんだからね!? あんまりお姉ちゃんを舐めないでよマサ!」
「いや、舐めてないけどさ」
渡すにしても絶対市販のやつだと思ってたから……。
「嬉しいよ二人とも。あとでじっくり食べるから」
「ありがとうございます。東雲先輩、杏子先輩」
「大事に食べます」
「あれ? 茜。一哉には渡さないのか?」
俺と健太郎にしか渡してなかったから聞いたんだけど、聞いたあとで理解してしまった。
「カズくんはあとで渡すんだよ。真人だって綾奈ちゃんからまだ貰ってないでしょ?」
「うん。……悪い」
「あはは。いいって」
一哉と茜、そして健太郎も放課後はみんなラブラブな時間を過ごすんだろうな。俺もそうだけど。
そう思いながら、俺は今度こそ二人から預かったチョコをみんなに手渡した。
代わりに香織さん、雛先輩、杏子姉ぇから綾奈の分のチョコを預かった。
上級生たちが教室から出ていくと、俺たちの様子の一部始終を見ていた男子たちが恨めしそうな顔でやって来ては嫉妬にまみれた言葉と視線を浴びせていた。
もちろんある程度予想していた俺たちはいなしたりあしらった。
その後の授業も、嫉妬のこもった視線に晒されながらも、貰ったチョコと、夜の綾奈との時間を思い、ワクワクしながら放課後を迎えた。
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