第488話 一つ目のチョコレート

「そういえば、ちぃちゃんって山根君のこと名前で呼ぶようになったんだね」

 千佳さんが少し落ち着きを取り戻すと、綾奈はもう一つの気になっていたであろうことを聞いていた。

 今までずっと苗字で呼んでたんだもんな。当然の疑問だろう。

「うん。もうそこまで浅い仲でもないし、昨日のはマジで感謝してるからね」

「あ、一哉は綾奈も名前で呼ぶって言ってたよ」

 そういや昨日言いそびれていた。ちょうどいいタイミングだったよ。

「そうなの? じゃあ私も山根君と……清水君も名前で呼ぼうかな? 真人、ちぃちゃん。いい?」

「もちろん」

「あたしもいいよ」

 こうして綾奈も一哉と健太郎を名前で呼ぶことになった。


「あ、そうだ。真人」

 駅が見えてくると、千佳さんが何かを思い出したような声を出して俺を呼んだ。

 なんだ? またお礼でも言うのかな?

「はいこれ。バレンタインのチョコだよ」

 だけど俺の予想は全くのハズレで、千佳さんはチョコが入っているであろうオレンジ色の紙袋を四つ、俺に手渡した。

「あ、ありがとう千佳さん! 嬉しいよ」

「あんたには普段色々世話になってるからね。わかってると思うけど残りは香織と一哉と杏子センパイのだからね? 間違って全部食べないでよ?」

「わ、わかってるって」

 さすがに俺もそんなボケはかまさないよ。マジでやってしまったら千佳さんにめちゃくちゃ怒られそうだし、ビンタは嫌だ……。

 しかし、健太郎と雛先輩の分がないってことは、今日の部活終わりに会うんだろうな。

「真人。私のも杏子さんと香織ちゃんと雛さんと山根……一哉君と健太郎君の分を渡しておいてくれるかな?」

「もちろんいいよ」

 俺は二人から紙袋を受け取った。それぞれ同じ袋だから中身も一緒だろう。

 なるほど。一哉が袋を用意しとけと言ったのはこのためか。確かに一個一個持って学校に行ったら目立つもんな。

「あれ? 綾奈は真人には渡さないの?」

「真人は今日、うちでお夕飯を食べることになってるから、その時に渡すよ」

「そうなんだ。相変わらず綾奈のご家族に好かれてるねぇ」

「う、うん。嬉しいよ」

 なんか昨日の一哉との会話のデジャブかなと思いながら、俺たち三人は談笑を続け、高崎高校最寄り駅に到着し、綾奈が名残惜しそうにしながらも、左手を合わせるいつもの儀式をして、ゆっくりと電車を降りていった。

 二人から預かったこのチョコレート。忘れないうちにみんなに渡さないとな。

 ちなみに「茜の分は?」と聞いたら、当日会えないと思うから作った日に渡したらしい。フライング友チョコだった。

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