第486話 ソワソワする美奈

 二月十四日。バレンタイン当日。

 この日も綾奈と一緒に早朝ランニングをしたあと、リビングで朝食を食べていたら、美奈が入ってきた。

「おはよう美奈」

「……おはよ」

 美奈が平日にまだ眠そうにしながらリビングに入ってこないのは珍しいな。いつもならパジャマも少し着崩して欠伸をしながら入ってくることが多いのに、今日はちゃんと目覚めてるみたいだ。

「ちゃんと眠れたか?」

「……うん」

 ただ、どことなく遠慮気味というか、ちょっとソワソワしているな。やっぱりアレか? バレンタインだからチョコを渡すのが今から緊張してるのかもしれないな。

 美奈が誰に渡すのかはわからないけど、喜んでくれるといいな。

 まあ美奈は可愛いし、修斗の友達も美奈に気があるし、もしかしたら美奈からチョコを貰えるのでは!? って思っている男子は他にもいそうだな。

 それからはお互い喋らずに、朝の情報バラエティ番組を見ながら朝食を食べていた。

 キッチンでは母さんが洗い物をしていて、父さんは既に仕事に出かけている。

「……あの、お兄ちゃん」

 テレビを見ていると、美奈が話しかけてきた。

 それにしても、どうして今日はこんなに遠慮気味なんだ?

「ん? どうした美奈?」

 だけどそれを口にすると、美奈はまた不機嫌になってしまうかもしれないので、気にしない体を装うことにする。

「今日って、お夕飯はお義姉ちゃんの家で食べるんだよね?」

「ああ、そうだよ」

 このことは何日か前に家族に伝えていたので、今さら確認することもないと思うんだけど……。

「……帰りって遅くなる?」

「いや、明日も学校だし、弘樹さんも仕事があるから長居するつもりはないよ」

 綾奈の家で夕飯を食べて、ご両親と他愛ない話をして、綾奈と少しイチャイチャしたら帰るつもりだ。それから麻里姉ぇも帰ってくるって言ってたから、千佳さんのことについても聞きたいしな。

 途中から無断で部活を抜け出したとはいえ、事情を話せば麻里姉ぇはきっと許してくれるはずだから……。

「その、今日お兄ちゃんが帰ってきたら……」

「ん?」

「…………やっぱりなんでもない! ごちそうさま!」

「お、おい美奈!?」

 美奈はそういうと、食器をそのままにしてリビングから出ていってしまった。とてもなんでもないような表情には見えなかったけど……。

「どうしたんだあいつ?」

「うふふ」

 俺が頭にはてなマークを浮かべていると、俺たち兄妹のやり取りをキッチンから見ていた母さんが笑っていた。

 母さんを見ると、何やら微笑ましい表情を浮かべていた。

「どうしたの母さん?」

「いーえ何も。それよりも真人は早く帰ってきなさいよ。明奈さんたちのご迷惑にならないうちにね」

「わかってるよ。どんなに遅くても九時までには戻るから」

 多分綾奈はめちゃくちゃ甘えてくると思うし、俺もイチャイチャするのに夢中になってしまいそうだけど、常に時間を気にしないとな。

「ええ。早く帰ってきなさいね。……美奈のためにも」

「え?」

 それから母さんもリビングを出ていってしまった。

 最後、小声だったからちゃんと聞き取れなかったけど、母さん……『美奈』って言った?

 まさか、あいつがチョコを渡す相手って……。

「……まさかな」

 考えすぎだな。だとしても手作りチョコを渡すほどかというのは考えにくいし。

「……ごちそうさま」

 俺は自分と美奈の分の食器をシンクに持っていき、それから歯磨きと顔を洗ってから部屋に戻った。

 そうだな。今日は綾奈にはちょっと申し訳ないけど、なるべく早く帰るようにしよう。

 そういや昨日、一哉のヤツが『大きめの袋を持ってきといた方がいいぞ』って言ってたけど……よくわからんが一応言う通りにしておくか。

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