第483話 清水健太郎と宮原千佳②(後編)

「ち、千佳……どうして……?」

「……あたしが」

「え?」

「あたしがいつ、迷惑だなんて思った! 言ってみなよ!!」

「っ!?」

 突然声を張り上げた自分の彼女に、健太郎の肩がビクッと跳ねた。

 自分の彼女にこれほどの怒声を浴びせられるのは初めての経験で、健太郎はひっぱたかれた頬を押さえてただ立ちつくすことしか出来ない。

 だが、そんな健太郎を見ても、感情の溢れた千佳が止まることはない。

「あたしは迷惑だなんて一言も言ってないし思ってもない! それは真人と一哉も同じだよ! あの二人が迷惑だって思ってたなら、帰り際に笑顔なんて見せるわけないじゃん! あたしが怒ってるのは、あんたがあたしにすぐに知らせなかったからだよ!」

「千佳……」

「あたしたちの関係はなに!? 恋人でしょ!? 恋人だから楽しいことだけ共有して嫌なことは全部自分で背負い込むつもり!? ふざけんじゃないよ!! 楽しいことも辛いことも、それを全部一緒に共有して持ち合うのが恋人だ! あんたが思っているそれは、『赤の他人』や『知り合い』に抱くのと一緒なんだよ!」

「っ!」

「健太郎。あんた、もしあたしの立場なら、今みたいに言えんの?」

「それは……」

「言えないよね!? 優しいあんたなら真っ先にあたしの元に駆けつけてあたしを守ろうとしたはずだよね!? なら、なんであたしにも同じことをさせてくれないの!?」

「あ……」

「恋人がピンチなら守ろうとするのは当たり前じゃん! あたしだってあんたを守りたい。肝心な時には真人や一哉じゃなく、あたしがあんたのそばにいてやりたいんだよ!」

「……千佳」

 そして千佳は一息入れ、誰にも言わなかった本音を漏らす。

「健太郎。あんたもこの四ヶ月弱の間、見てきたはずだよ。綾奈と真人のことを」

「真人と、西蓮寺さん……?」

「あの二人はなんだかんだで辛いことがあっても一緒に乗り越えていってる。はたから見たら所構わずイチャつきまくっているようにしか見えないけど、あの二人の絆は本当に強い。あたしも口では綾奈たちにいろいろ言ってきたけど、あの二人は、あたしの理想なんだよ。あたしもあんたと、あんな風に強い絆を作りたい」

「……」

 健太郎は目を見開き、そして脳裏には真人と綾奈の姿があった。

(確かに、真人たちはどんな場面でも支え合ってきた。六人でゲーセンに行った時、二人の同級生と対峙した時も、真人が腰を痛めた時も、それ以外もいろんな場面でも、真人と西蓮寺さんはお互いを想い、尊重し、慈しみ、そして支えあっている。僕も……)

 そこまで考えて、健太郎はまっすぐ千佳の目を見る。いつしか彼の目には光と力が戻っていた。

「僕も同じだよ。千佳と、真人と西蓮寺さんのような関係になりたい。僕が間違ってたよ。本当にごめんね。千佳」

「健太郎……」

 千佳の頬が赤くなり、心臓も鼓動を早める。

 辺りは既に真っ暗だが、健太郎には千佳の頬の赤みが見えている。

「これからは、あんたの辛さもあたしに分けてくれるんだよね?」

「うん。約束する。今度からは千佳には隠し事はしない。僕がピンチに陥ったら、真っ先に千佳に助けを求めるようにするよ。だから、千佳の悲しみや辛さも、僕に持たせてね」

「あ、当たり前じゃん! てか、それは健太郎にしか出来ないし、健太郎以外にさせるつもりないからね」

「うん。嬉しいよ千佳」

 二人はお互いを抱きしめあい、千佳は先程ビンタした健太郎の左頬に優しく触れる。

「その、痛かったよね? ごめん」

「確かに痛かったけど、目覚めの一発にはちょうど良かったよ」

「……何それ。ふふ」

 千佳の中にはもう怒りの感情はなく、代わりにあるのは、この抱きしめている男のことが好きでたまらないという想いのみだ。無論、健太郎も……。

「あのさ、健太郎」

「どうしたの、千佳?」

「その……お互いの好きって気持ち、共有……しない?」

「……わかった。もちろんいいよ」

 なかなかに抽象的な言葉だったが、健太郎はすぐに理解した。

 そして二人は、他に誰もいない真っ暗な空き地で、しばらくの間、キスを交わし続けた。

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