第460話 負けず嫌いの杏子
「負けたー! アヤちゃん強くない!?」
店長さんとお話をしたあと、私たちはさっき言った通りエアホッケーをしたんだけど、結果は杏子さんが言ったように私が勝った。
杏子さんにも「手加減しないで」って言われたし、私も大ファンの杏子さん相手でも手を抜くつもりはなかったので、いつも真人と対戦しているように全力を出した。
結果、四対一で圧勝出来た。
「そ、それよりサングラスをしてください!」
ただ、試合が白熱して、杏子さんが途中から「見にくい! 邪魔!」って言ってサングラスを外したものだからちょっと焦った。エアホッケーはサングラスをつけてやるものではないけど、ここにはお客さんがいっぱいだから、いつ杏子さんの存在に気がつくのかハラハラしていたから、そのスキをつかれて杏子さんに一点取られてしまった。
ちょっと失礼な表現になっちゃうけど、杏子さんはエアホッケー、あんまり強くなかったから、それでちょっと本気になっちゃってこれだけの点差がついてしまった。
「おっとそうだった。ごめんごめん」
さっきまでの悔しさはどこへやら、杏子さんはサングラスを取り出してそれを装着した。
周りを見ると、チラチラとこちらを見てくる人が何人かいるけど、杏子さんに気づいた人はいなさそうで安心した。ウィッグで誤魔化せたのかな?
あ、そういえば杏子さんは今日、ほとんどメイクはしていないって言ってたっけ。それでなのかな?
でもほとんどノーメイクでこの可愛さはすごいよ。さすが人気女優さん。
「でもアヤちゃんホントに強かったね。運動苦手だからちょっと侮ってたや」
「小さい頃にデパートでお姉ちゃんとよくやってましたし、真人とここに来たらほぼ毎回やってますからね。そう簡単には負けませんよ」
「うむむ……ちょっと悔しいから私も誰かと来て特訓しよ」
なにかの雑誌の記事でも読んだけど、杏子さんって本当に負けず嫌いなんだ。
それからも杏子さんは「あかねっち……は家が遠いし、やっぱりマサかな? みっちゃんもアリかな」と、エアホッケーの特訓に付き合ってくれそうな人を脳内で探していて、真人と美奈ちゃんに行き着いていた。
真人、今日は何をしてるのかな? 真人の名前がよく出てくるから、ちょっと会いたくなってきちゃった。
「あれ? 綾奈先輩?」
「え?」
真人のことを考えていると、近くで私の名前を呼ぶ男子の声が聞こえた。この声は……。
「横水君!」
やっぱり真人を「おにーさん」と慕う横水君だった。彼の後ろには男子が二人いて、サッカー部の練習試合の時もいたから、彼らも横水君と同じサッカー部員だ。
「こんにちは綾奈先輩。今日は真人おにーさんと一緒ではないんですね」
「こんにちは横水君。二人もこんにちは。うん。今日は……」
「やっほーしゅーくん。今日のアヤちゃんのデートの相手は私だよー」
「えっ! 杏子先輩!? てか「しゅーくん」って……」
この様子だと、横水君たちはさっきの私たちがエアホッケーしているところは見ていないみたい。変装している杏子さんにも気づかなかったし、サングラスをちょっと外して名前を呼んだら気がついた感じだし。
「ん? 修斗だからしゅーくんだけど、ダメだった?」
杏子さんって本当にあだ名をつけたがるなぁ。転校してきてこっちで知り合った歳の近い人にはあだ名をつけてるし。
「だ、ダメじゃないです! むしろ光栄です」
杏子さんにあだ名をつけられて嫌になる人なんてほとんどいないと思う。ファンとしての目線かもしれないけど。
「よかった。あ、そうだ! ねえしゅーくん。よかったらちょっとエアホッケーの特訓に付き合ってよ」
「エアホッケーですか?」
「あ、その前に……アヤちゃん、いい?」
「もちろんいいですよ」
さっき私とデートしてるって言った手前、私を放ってしまうと思ったのかな? 誰とでもフランクに接して天真爛漫な杏子さんだけど、こういう気配りも出来るから、こうして知り合ってから杏子さんのことがさらに好きになった。
「ありがとうアヤちゃん! しゅーくんもいい?」
「はい。俺でよければ。悪いお前ら、ちょっと待っててくれ」
女優業を再開したら、今まで以上に応援しなきゃ。ファンとして、そしていとことして……。
そして横水君とのエアホッケー対決は、やっぱり杏子さんが負けてしまった。
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