第456話 需要はあるんです

「俺が太ってた頃の写真がほしい?」

 電車で移動中、手を繋ぎながら隣に座っている綾奈からびっくりなお願いをされて、俺はついその言葉を繰り返してしまった。

「うん。そうなの」

「え? なんでまた……」

 綾奈にはちょっと申し訳ないけど、当時の俺の写真がほしいという意図がわからない。そもそも需要あるの?

「えっとね、私のダイエットの話をしている時に、ぽっちゃりさんだった頃の真人の話題を私とちぃちゃんでしてて……」

「うんうん」

「それを聞いた乃愛ちゃんとせとかちゃんが見てみたいって」

「マジか……」

 需要とか以前にただの興味から来るものだった。

 そりゃそうか。誰も好き好んでデブの写真なんかほしがらないよな。さすがの綾奈も江口さんと楠さんに言われたから頼んでるわけだし。

「でも当時の写真っていっても、前に香織さんに見せたものしかないけど、あれでいいの?」

 当時の休み時間、俺が自分の席でラノベを読んでいたのに、いつの間にか一哉に盗撮されていたあの写真。

 なんでまだ消してないのかというと、まぁ……戒め、みたいなものだ。

 あの写真を見て、『絶対にリバウンドなんかしてやるものか!』って自分に言い聞かせている。

 あんな姿で綾奈の隣に立つのは、綾奈に申し訳ないし、やっぱり嫌だから……だから俺は一哉から送られてきたあの写真を削除せず、なんなら保護設定して残してあるんだ。

「うん。それで大丈夫だよ」

 どうやら問題ないみたいだ。それなら今から送るか。

「時間置いたら忘れるかもだし、今から送ってもいい?」

「本当!? じゃあお願いします!」

「?」

 なんか綾奈のテンションが上がったような……気のせいかな? まあいいや。

 俺は一度綾奈の手を離し、ポケットに手を突っ込んでスマホを取り出す。

 そしてそのスマホを操作し、メッセージアプリを使い写真を綾奈のスマホに送った。

 俺が操作している中、綾奈は写真が送られてくるのを今か今かと待っているようで、ずっと自分のスマホを見ていた。

 あれ? 江口さんと楠さんに見せるためにほしいんだよな?

「わぁー、来たよ真人! ありがとう」

「ど、どういたしまして」

 綾奈のテンションの上がりっぷりにたじろぐ俺。

 そんな綾奈は、満面の笑みで俺にお礼を言ったあとは、自分のスマホに表示されている当時の俺の写真を見て口角が上がっている。

 その表情には見覚えがあった。

 あれは忘れもしない、俺と綾奈が連絡先を交換した時に見せたあの表情だった。

「あ、綾奈? その写真は江口さんたちに見せるために欲しかったんだよね?」

 綾奈の表情を見ると、どう考えてもそれだけではないというのはわかってしまうんだけど、やっぱり確認をしたくなった。

「えっと、確かに乃愛ちゃんたちに見せるためなのもあるんだけど、一番の理由は、私がこの写真をほしかったからだよ」

 や、やっぱりか! でもなんでだ?

「なんでそんなにほしかったんだ?」

「だ、だって……旦那様を意識しだしたのはこの体型の時からなんだもん。真人が香織ちゃんにこの写真を見せた時から、ちょっとほしいって思ってたから」

「っ!」

 自分のスマホの画面を見ていた綾奈が、頬を赤らめ、上目遣いで俺を見てきた。あまりの可愛さに俺は息をのんだ。

「だから、ありがとう真人。この写真、大切にするね!」

「わ、わかった……」

 今度は満面の笑みを見せてくれた綾奈。俺はその可愛すぎる笑顔を直視出来ずに目を逸らし、手の甲で口を隠した。

「真人かわいい♡」

 そんな俺たちのお決まりのやり取りをして、綾奈は俺の腕に抱きついてきた。

 電車を降りるまでそのままだったので、俺の鼓動はずっとうるさいままだった。

 というか、需要はあったな。

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