第442話 突然の握手会

 放課後、綾奈を待つために高崎高校の最寄り駅の構内にいる俺と杏子姉ぇ……なんだけど。

「お会いできて光栄です!」

「ありがとー!」

「私、ずっとファンなんです!」

「ホントに!? うれしーありがとね!」

「俺、もう手を洗いません!」

「嬉しいけど、ちゃんと手を洗ってね。病気になったら大変だからね」

 俺たちが構内に入ると、すぐに杏子姉ぇに気づいた駅の利用者たちが杏子姉ぇに群がり、予期せぬ握手会が始まってしまった。

「……」

 杏子姉ぇの人気をナメていたわけではないけど、予想以上だよ。

「写真はいいけど、SNSにはアップしないでね~! ほらほらマサ。駅員さんの迷惑になるからちゃんと列を整理しに行かなきゃ」

「なんでだよ!?」

 そもそも握手会をしなきゃいいのに。

 ……サングラスとかで変装をさせるべきだったな。今度からはそうしてもらおう。

 俺がそんなことを思っていると、俺と杏子姉ぇのフランクさが気になった女子が、杏子姉ぇに俺たちの関係を聞いて、杏子姉ぇはちゃんと「いとこなんだ」って言ってくれた。綾奈を待ってるだけなのにこれ以上の面倒事はゴメンだったから助かる。


「あ! アヤちゃん! 待ってたよー」

 それからややあって、俺がスマホを見るために下を向いていると、杏子姉ぇの声が少し高くなった。

 その声で綾奈が来たことを知り、前を向いたら、なぜか綾奈も杏子姉ぇと握手をしていた。

「なんで綾奈まで握手会に混ざってんだよ!?」

 その光景を見て、自然とツッコミを入れてしまった。

 というか、いつから握手会の列に並んでいたんだ!?

「だ、だって、杏子さんと握手出来るチャンスだったんだもん」

「綾奈はいつでも握手出来るだろ……」

「そうだよアヤちゃん。アヤちゃんにならこんなこともしちゃうよ!」

「ひゃう!」

 あ、杏子姉ぇが綾奈にハグをした。綾奈にハグする時はいつも突然なんだよな。

 そして不意にハグをされた綾奈は顔が真っ赤になって、身体もビクッと跳ねた。筋肉痛大丈夫かな?

 まぁでも、大好きな杏子姉ぇにハグされたら、何回でもそうなっちゃうのは仕方ないよな。

 ……だけど、やっぱり俺とハグするよりドキドキしてるっぽいんだよなぁ。

 芸能人と張り合っても仕方ないのはわかってるんだけど、どうしても比較してしまうんだよなぁ。

 俺がちょっとジト目でハグしている二人を見ていると、綾奈と目があった。

 ヤバい……同性同士のハグでちょっとヤキモチ妬いたのがバレたか?

 俺が内心であたふたしていると、綾奈は微笑み、そして口パクで何かを伝えようとしている。

 なになに……?


『あ、と、で、いっ、ぱ、い、ギュッ、て、し、よ、う、ね』……?


「っ!」

 口パクを解読した俺の顔は一気に熱くなり、顔を右に逸らし、右手の甲で口を隠した。

 その様子を綾奈はバッチリ見ていて、また口パクで『か、わ、い、い』と言っていた。可愛いのは綾奈だよ……。


 綾奈が来たことで握手会は終わり、並んでいた人といっせいにハイタッチをした杏子姉ぇが、ちょうど到着した電車に乗ろうとしていたので、俺と綾奈もあとに続いた。


 綾奈の家に到着した俺たち三人。

「杏子さん。ここが私の家です」

「綺麗でおっきい家だねー!」

 杏子姉ぇが東京で暮らしていた家の方が大きい気がする。見たことがないからあくまで予想だけど。

「オッケー! バッチリ覚えたから明日は迷わずに来れるよ」

「よかったです」

 昼休みにも思ったけど、あのT地路を曲がってまっすぐだから、綾奈の家の外観さえ把握していれば迷うことはない。

「それじゃあ私は帰るね。二人ともごゆっくり~」

「またね杏子姉ぇ」

「杏子さん、また明日です」

 綾奈の家を覚えると、杏子姉ぇはマジで帰っていった。これ以上いたらマジで胸焼けすると思ったのかな?

 そんなことを考えていると、綾奈が俺の腕に抱きついてきた。

「真人。早く入ろうよ」

「そうだね。寒いし」

 ちょっと風が出てきたので、いつまでも外にいるのは得策じゃない。早いとこ入って暖をとろう。

 そうだ。一昨日も明奈さんに言われたからな。今日からは間違えないようにしないと。

 綾奈が家の玄関を開け、そして───


「「ただいまー!」」


 俺たちは揃ってそう言った。

 俺たちの声が聞こえたのか、明奈さんがパタパタとスリッパをならしながら玄関までやって来た。

「おかえりなさい。綾奈、真人君」

 俺たちを出迎えてくれた明奈さんの顔は、とても綺麗な笑顔だった。

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