第441話 杏子の頼み
金曜日の昼休み。
俺は筋肉痛になった綾奈を心配しながら、教室でみんなと昼食を食べていた。
綾奈は昨夜、気がついたら寝ていたみたいで、今朝のランニングでは疲れはバッチリ取れていたみたいだけど、やっぱり走るのが辛そうだった。心配だなぁ。
「ねーねーマサ」
俺が綾奈の身を案じていると、対面に座っている杏子姉ぇが話しかけてきた。
今日は茜と杏子姉ぇの二年生組も一緒に、俺と俺の隣の人の机をくっつけ、二つの机を使って六人で食べている。俺の席には俺と杏子姉ぇと香織さんの三人、隣の席には一哉、茜カップルと健太郎だ。
杏子姉ぇが使用している椅子の持ち主(男子)は今はこのクラスにはいないが、自分の椅子に杏子姉ぇが座っているのを見てどう思うのやら……。
そして杏子姉ぇが転校してきて初のこのクラスでの昼食ということもあり、俺たちのグループはクラスメイトにめっちゃ見られていた。
「なに? 杏子姉ぇ」
「私ね、明日のお昼にアヤちゃん
「あーうん。綾奈から聞いたよ。それで?」
確かダイエットに効くストレッチを教えに行くんだっけ?
「アヤちゃん家ってどこにあるの?」
「え?」
杏子姉ぇ、綾奈の家知らないのか? てっきり場所を教えてもらっているとばかり思っていたけど……。
「綾奈から場所を教えてもらってないの?」
「一昨日の夜にアヤちゃんから電話がきて、その時に口頭で教えてはもらったんだけど、よくわからなくてね」
綾奈の家はあのT地路を俺の家とは反対方向の左に曲がり、五分ほどまっすぐ歩いた周りの家より少し大きな家だから、多分聞くだけで「ここかな?」って予想をすることは可能だけど、間違っていたらいけないから杏子姉ぇの心配もわかる。
というか、杏子姉ぇが間違えて他の家にお邪魔しちゃったらそれはそれで
「そういえば私たちも綾奈ちゃんの家の場所知らないよね」
「確かにな。ま、俺や健太郎は西蓮寺さんの家に行く機会なんてほとんどないだろうけどな」
茜の言う通り、この中で綾奈の家を知っているのは俺しかいない。
前に杏子姉ぇと一緒に茜の家に遊びに行ったって綾奈から聞いたけど、茜が綾奈の家に行ったことがあるとは聞いたことがない。ないだけで実際に行ったことがあるのでは? って思わないでもなかったけど、どうやら本当にないらしい。
茜の家に行って、初詣で言っていた昔の俺の写真を本当に見せてもらったらしいけど、どんな写真を見たのか綾奈に聞いても、「真人がとってもかわいかったよ」しか言ってくれなかったので、恥ずかしい写真を見られてないかちょっと不安だ。当時の俺、めっちゃ泣き虫だったし。
「うん。僕は千佳と一緒に行くことはもしかしたらあるかもだけどね」
「私も綾奈ちゃんと遊びたいし、今度教えてもらおうかな?」
健太郎は綾奈の親友の千佳さんの彼氏だ。だから千佳さんの付き添いかなんかで行く機会があるかもだけど、そんなことは本当に稀だと思う。
香織さんは綾奈と友達になってまだ一ヶ月経過してないからこれからいくらでも機会はあるだろう。
もし香織さんからのお誘いがあれば、綾奈も喜ぶだろうし。
「みんなが綾奈に聞いたら快く教えてくれるはずだよ。それで杏子姉ぇ、綾奈の家を知りたいんだよね?」
綾奈の家を知らない談義に花を咲かせるのはいいけど、あんまりゆっくりしていると昼休みが終わってしまうし、借りている机と椅子の持ち主も、いつ帰って来るかわからないので、俺は話を本題に戻すことにした。
「そうだよ」
「なら今日の放課後、綾奈と会うから杏子姉ぇも来る?」
大会や学校行事で曲を披露する日が近くない金曜日は、高崎高校の合唱部の部活はお休みなので、今日も放課後は綾奈とデートする予定だ。どこに行くかは決めてないけど、杏子姉ぇが来ても綾奈は不機嫌にはならないだろう。
「え? いいの!? お邪魔じゃない?」
「大丈夫。綾奈は絶対に喜ぶし。それに杏子姉ぇも長い時間、俺たちと一緒にいるわけじゃないだろ?」
「うん。胸焼けしそうだし」
「どういう意味だよ!?」
しかも若干食い気味だったぞ。
「「「そのままの意味だよ」」」
「あはは……」
次の瞬間には、一哉、茜、香織さんからツッコミを入れられ、健太郎はそれを見て苦笑いをしていた。解せぬ。
「と、とにかく、綾奈には言っとくから早くご飯を食べてしまおう。いつ戻ってくるかわからんしな」
俺は残りの弁当をかきこみ、それから杏子姉ぇの件を綾奈に伝えるために連絡を入れると、綾奈は快諾していた。声も弾んでいたし、筋肉痛は大丈夫っぽいから安心した。
それから借りていた机と椅子の持ち主が帰ってくると、茜と杏子姉ぇは自分の教室に戻っていった。
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