第438話 休憩がてら、公園でおしゃべり

「どう? 少しは体力が戻ったかな?」

「う、うん。真人はすごいね。これだけの距離を平気で走っちゃうんだもん」

「いやいや、俺だってけっこういっぱいいっぱいだよ。初日なんて綾奈の家に着くころにはヘロヘロだったしね」

 今だって割と息を切らしているから、まだまだ体力がついたとは言えない。体力の底上げが主な目的ではないけれど、もっと頑張らないとって思う。

「私も頑張らないと。自分のために、真人のために。それに三月にはマラソン大会もあるから、体力もつけたい!」

「嬉しいけど無理は禁物だよ。綾奈の体調が一番だからね」

マラソン大会まで一ヶ月半はあるから、今から走り続けていたら十分いい結果は残せるだろう。

「わかってます。真人は心配性さんだなぁ」

「大好きで大切なお嫁さんなんだから心配するさ」

「嬉しい……えへへ♡」

 綾奈はそう言って俺にピタッと寄り添ってきたので、俺は綾奈の頭を優しく撫でた。

「そうだ。綾奈って昨日、杏子姉ぇにストレッチの件は話したの?」

 昨日、俺が提案したことだが、綾奈もこのダイエットに本気で取り組んでいるし、多分昨夜に杏子姉ぇに相談したんだろうと勝手に思いながら、やっぱり気にはなっていなので綾奈に聞いてみた。

「うん。そうしたらね、土曜日に杏子さんがうちに来ることになって……」

「え? マジで!?」

 てっきりおすすめの動画を教えるくらいだろうと思っていたのに、まさか直接綾奈にレクチャーすると言い出すとは。

「うん。今日学校から帰ったらお部屋を掃除しないと!」

 綾奈は胸の辺りで両手で拳を作り気合いを入れていた。

「綾奈の部屋って綺麗じゃん。掃除する必要ないでしょ」

「だ、だって……いざ大ファンの杏子さんがうちに来るってなったら、いくら綺麗にしてもし足りないというか……とにかく掃除をしなきゃって思っちゃって」

 なんか綾奈の中で、俺よりも杏子姉ぇの方が優遇されている感がしないでもないけど、杏子姉ぇは活動休止中とはいえ綾奈が憧れている役者さんだし、仕方ないか。そもそも芸能人と張り合おうとするのが間違ってるな。

「明奈さんと弘樹さんは、土曜日に杏子姉ぇが来るのは知ってるの?」

「まだ言ってないよ。昨日お話したのもちょっと遅い時間だったから。帰ったら言うつもり」

「そっか」

 明奈さんと弘樹さんって、杏子姉ぇのこと知ってるのかな? 俺からお二人に杏子姉ぇとの関係は言ってないんだけど、多分綾奈は言ってそうだ。

 CMも何本も出てるから、絶対見たことはあるだろうし。

「なんか、明奈さんも気合を入れて家を綺麗にしそう」

「多分そうすると思う」

 綾奈は苦笑いをして言った。

 俺もそんな明奈さんを容易に想像出来てしまって笑ってしまった。

「さて、そろそろ帰ろうか。あんまり遅くなると遅刻……はしないけど、登校までにちゃんと体力が回復出来ないからね」

 空を見ると、徐々に明るくなってきている。

 まだまだ時間に余裕はあるけど、身体をほぐしたり、汗の処理をしたりすると、けっこう時間がかかってしまう。女の子の綾奈なら特に。

 それに綾奈は体力がまだまだついてないから、登校時間までに少しでも体力を回復しておかないと、授業と部活でバテてしまう可能性だってある。

 体力が戻ったと見せかけて、疲労は残るものだ。初日の綾奈はそれに気づいていないかもしれないから、ちゃんと休んでもらいたい。

「わかった」

「帰ったら軽い柔軟と汗の処理を忘れずにね。それから、時間まで出来るだけ身体を休めること。綾奈は部活もあるんだから、長い一日を乗り切るために回復に努めるんだよ」

「うん。言う通りにするね。ありがとう真人」

 自分のために言ってくれていると理解しているから、綾奈は俺の言葉を素直に聞き入れてくれる。

 それが嬉しくて、俺は笑顔になって、右手は自然と綾奈の頭の上に置かれていた。

「えへへ♡」

 いつも見ている綾奈のとろけるような笑顔。だけどいつ見ても慣れなくて毎回ドキドキしている笑顔だ。

「よし、行くか」

「あ、待って真人」

 走り出そうとしたら、綾奈に止められてしまった。

「っ!」

 一体なんだろうと綾奈を見たら、綾奈はキス顔を俺に見せていた。

「あ、綾奈!?」

「……だ、だって、家に帰る頃にはバテてるから、今、ちゅうしないとって思って……」

「~~~~!」

 ああもう! 俺のお嫁さんはいちいち可愛いなぁ!

 そんなことを言われて、平然とランニングを再開出来るやつはいないだろう。

 俺は綾奈に短いキスをした。

「ありがとう真人。これで家まで走る気力は満タンだよ!」

 綾奈は頬を赤くし、満面の笑みで言った。

「じ、じゃあ、今度こそ行こうか」

「うん」

 ドキドキしながらそう綾奈に言い、俺は綾奈に背を向けて走り出した。

「……気力が満タンになったのは、俺も同じだっての」

 綾奈には聞こえない声量で、俺はそう独り言ちた。

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