第436話 2重にタイミングが悪い

「なぁに真人?」

「その……い、イチャイチャ、したいな~って……ダメ?」

 今日は朝、綾奈に触れられなかったし、今はこうして綾奈の手に触れてるけど、もっともっと綾奈に触れたいという衝動がそろそろ抑えられなくなってきていた。

 普段はこんなこと言わずにイチャイチャするのに、いつもとは違うドキドキ感が俺の中にあった。

「っ! ……だ、ダメじゃないよ。わ、私もその、真人と、もっとくっつきたいって思ってたから」

「っ!」

 綾奈も俺と同じ気持ちだったことに嬉しくなり、ドキドキがさらに強くなった。

 綾奈の頬もかなり赤い。

 俺は握っている綾奈の手を軽く自分の方へ引くと、綾奈は膝立ちになり、その状態で俺との距離をつめて、俺に抱きついてきたので、俺は綾奈をしっかりと抱きしめる。綾奈の手も俺の背中に回った。

「……重くない?」

「……全然」

 綾奈が頬が赤いまま、上目遣いでそんなことを言ってきて、あまりの可愛さに見惚れてしまい、否定するのが少しだけ遅れた。

「真人、すごくドキドキしてる」

「そ、そりゃあ、大好きで仕方がないお嫁さんを抱きしめてるからね。ドキドキもするさ」

 さっきの上目遣いもプラスされているから、マジでいつもより鼓動が強く、そして早くなっている。

 俺は綾奈の前髪をゆっくりと上げて、顕になった額に優しくキスをした。

「ん……」

 綾奈の身体がピクっと小さく跳ねる。

 綾奈の可愛くも少しなまめかしい声に、俺の脳は確実に痺れていった。

 それから俺は、もう一度額に、そして頬や鼻先にも優しくキスの雨を降らせて、親指の腹で、綾奈の下唇に優しく触れた。

「あ……」

 とろんとした目を潤ませた綾奈からまたも声が漏れて、俺の脳はいよいよ機能しなくなってきていた。

ここに……キス、していい?」

「うん……して」

 綾奈は小さくそう言うと、ゆっくりと目を瞑った。

 俺は綾奈の唇から指を離し、ゆっくりと顔を近づけていき───


 キスをしようとした瞬間、綾奈のスマホから着信音が流れた。


「っ!」

「ひゃう!」

 俺たちはびっくりして顔を離した。

 電話をかけてきてる人は、今の俺たちの状況を知らないとはいえ、なんて間の悪い……。

「むぅ……」

 綾奈は少しむくれてスマホを持ち、誰からの着信かを確認している。

「……拓斗さん?」

 どうやら電話をかけてきたのは千佳さんのお兄さんの拓斗さんのようだ。相変わらずタイミングが悪いなあの人。

「えっと、出てもいい?」

「もちろん」

 出ないのも失礼になるから、俺は綾奈に出るように促すと、綾奈は通話ボタンをタップして、それからスピーカーモードにした。

 俺も聞いていいのかなって思ったけど、綾奈はもしかしたら拓斗さんと何を話したのか秘密にしたくなかったのかもしれないのかもな。

『あ、もしもし綾奈ちゃん? ごめん急に電話して。今って大丈夫?』

 拓斗さんの声が弾んでいる。いいことでもあったのかな?

「……大丈夫ですよ」

 一方の綾奈は、まだ少しむくれていて、声にもかすかに不満がのっていた。

『よかった。あのさ、今モンブランを作ってね、それが会心の出来で翔太さんにも珍しく褒められたんだよ。それで、モンブラン好きの綾奈ちゃんにも食べて貰いたくて電話したんだけど、急で申し訳ないんだけど、店に来れないかな?』

「「…………」」

 俺と綾奈は返事をすることが出来なかった。

 マジかこの人。知らないとはいえ、綾奈がダイエットを決意した日にそんなお誘いをしてくるとは。

 パティシエ見習いで、憧れの翔太さんに褒められたのだから、それをモンブランが大好きな綾奈に食べてもらいたいのはわかる。俺も最近ガトーショコラを作ったからその気持ちはめちゃくちゃわかる。

 だけどタイミングよ……。

 さらに俺とキスをしようとする直前ということもあり、二重にタイミングが悪い。

『あれ? 綾奈ちゃん?』

「…………た」

『た?』


「拓斗さんのバカーーー!!」


 案の定、綾奈の怒りが爆発した。

『え? ちょ、どうしたんだ綾奈ちゃん!?』

 絶対喜ぶだろうと思っていた綾奈に罵倒されて慌てている拓斗さん。

 確かに拓斗さんの気持ちはわかるけど、これは……。

「拓斗さん。真人です」

『え? 真人君!? あ……やべ』

 仕方ないので拓斗さんには俺から説明すると、拓斗さんは綾奈にめちゃくちゃ謝っていた。

 なんとか機嫌を直した綾奈は、ダイエットが成功した暁に、その会心のモンブランを食べさせてもらうことを約束した。

 そして綾奈は、怒ってしまったことを拓斗さんにめっちゃ謝罪をして電話を切った。

 その時になって、拓斗さんが今日と同じクオリティのモンブランを作れるのかは謎だけど楽しみにしておこう。

 電話を床に置いた綾奈は、仕切り直しとばかりに俺に強く抱きついてきて、それからいっぱいキスをした。

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