第430話 真人はダイエットしてるん?

「おはよう真人」

 朝、登校し、いつものT字路の近くまで来ると、前方から千佳さんの声が聞こえた。

 ちなみに綾奈がつけたキスマークは消えたので、今日からはパーカーはなしだ。

 下を向いて歩いていた俺が千佳さんを見ると、千佳さんは笑顔で手を振っていた。

「……おはよう千佳さん」

「って、どしたん真人? あんたが朝っぱらからそんな辛気臭い顔するなんて珍しい。いくら……」

 そう。千佳さんが言ったように、この待ち合わせ場所に綾奈はいない。一緒に登校するようになってから、俺が病み上がりで学校を休んだ以外で三人揃わないのは初めてだ。

「いやぁ……綾奈が日直でここにいないのは仕方ないんだけど、放課後も急に予定が入ったらしく、今日の放課後デートもなくなって、一日綾奈に会えないのはちょっと寂しいなって……」

 こんな話を平日あまり健太郎に会えていない千佳さんにするのはどうかと思ったけど、残念感が募ってつい口に出してしまった。

「いや、全然ちょっとって顔じゃないんだけど……とりあえず歩きながら話を聞くよ。遅刻すんのやだし」

「うん。行こうか」

 俺は初めて千佳さんと二人でいつもの通学路を歩き出した。千佳さんがボソッと言った「綾奈って今日日直だったっけ?」が気になりはしたけど……。


「真人。ちょっと気になったことを聞いていい?」

「いいよ。なに?」

 綾奈の用事について千佳さんに聞こうと思ったけど、あまり詮索すると綾奈も千佳さんもいい気がしないと思い、綾奈と会えないのも仕方ないと割り切り、気にしないように心がけていると、千佳さんが俺に質問があるみたい。

 というか聞きたいことってなんだろう?

「あんたって、中学まで太ってたじゃん」

「うん」

 ん? 昔の俺についての質問かな?

「あんたの誕生日に綾奈が作ったケーキ食べて、翌日にあんたと綾奈のご両親が用意したケーキを食べて、杏子センパイの歓迎会でもいっぱい食べて、それから綾奈の誕生日に自分でガトーショコラを焼いたって言ってたじゃん」

「そうだね」

 え? なんの質問? 自分も健太郎の誕生日にケーキを作ろうって思ってるのかな? だけど健太郎の誕生日はまだ先のはずだけど……。

「練習で焼いたガトーショコラも真人が食べたんだと思うんだけど、あんたそんなにケーキ食べて太ってんじゃないの?」

 あ、そっちの質問か。

 確かに今はダイエットを頑張って痩せたけど、千佳さんの言う通り、今月はケーキを食べる回数がめちゃくちゃ多かった。練習で作ったガトーショコラも、ドゥー・ボヌールのスタッフさんも食べるのに協力してくれたけど、半分くらいは俺が一人で食べた。

 これだけケーキをバクバク食べていたらそりゃ太るし、綾奈の親友として、親友の彼氏がリバウンドしてるのではないかと心配するのは当然か。実際に冬休み中に太ったしね。

「うん。確かに冬休み中に体重が増えてたよ」

「やっぱりね。それで? なにかダイエットしてるん?」

「もちろん。三学期が始まって、綾奈の家でお泊まりした時以外は早朝にランニングしてるし、夜も筋トレしてるよ」

「え? マジ? 毎日!?」

「毎日してるよ。綾奈の隣に立って恥ずかしくない自分でいたいからね」

 もし俺がこのまま何もせずにリバウンドをし続けていたら、とてもじゃないが綾奈の隣にいられない。俺のせいで綾奈が周りから笑われるのは耐えられない。

 だから俺は、綾奈に、そして自分に恥ずかしくない俺でいたいから進んでダイエットを再開した。もうあの頃の体型には戻りたくない。

「は~さすがは綾奈の旦那様だね。ちなみにそのことは綾奈は知ってんの?」

「いや、綾奈は知らないはずだよ。言ってないし。知ってるのはうちの家族と、あとは初日に綾奈の家の前まで行って偶然玄関から出てきた綾奈のご両親くらいだよ」

 俺のランニングのコースは決まっていて、綾奈の家、そしてたまに綾奈とイチャイチャするのに利用している、なぜか人通りがほとんどない公園を経由して家に戻るコースだ。

 初日以来、綾奈のご両親ともランニング時には会っていないから、あの人たちがいまだに俺がランニングを続けていることを知っているのかはわからないけど。

「綾奈にも言ってないんだ。言ったら感動して絶対惚れ直すと思うけど」

「別に隠すつもりはないんだけど、自分から言うと自慢してるみたいになりそうでね」

「あ~確かに。……もし機会があったら、このこと、あたしから綾奈に言っても?」

「別に構わないよ。千佳さんの判断に任せるよ」

 人伝ひとづてに聞いた方が自慢にならずにすみそうだし。

 ただ、そうなると「なんで教えてくれなかったの!?」って言って、頬をプクッと膨らましそうだけど。

「まぁ、あたしから言うタイミングなんてないだろうけどね」

「まぁその時はその時で……あ、幸ばあちゃんだ」

 歩道橋にさしかかったところで、ちょうど歩道橋の階段を登ろうとしている綾奈のおばあちゃん、新田幸子さんがいたので、俺と千佳さんは幸ばあちゃんに近づいて挨拶をした。

 久しぶりにお手伝いをしようと思ったんだけど、最初、綾奈がいないことを不思議に思った幸ばあちゃんはそれを優しい笑顔で断り、俺たちに「いってらっしゃい」と言うと一人で階段を登っていった。

 気のせいか、登るスピードが少しだけ早くなっているような……。足腰があまり強くないって言っていたけど、きっと幸ばあちゃんの努力の結果なのかな。

 俺と千佳さんは幸ばあちゃんが階段を登りきるまで見届け、再び駅に向かって歩き出した。

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