第428話 明かされるキスマーク

 そして迎えた昼休み。今日は学食に来ていた。

 メンバーは俺と一哉と健太郎と香織さん、そして茜と杏子姉ぇと雛先輩を加えた七人だ。

 風見高校一の美少女である雛先輩と、人気若手俳優の杏子姉ぇという、この学校の二大有名人がいる俺たちに、近くを通る人は必ず目線をこっちに向けている。

 ちなみに俺と健太郎と雛先輩と杏子姉ぇは弁当持参で、一哉と茜と香織さんは学食だ。

「ねぇなんか今日寒くない?」

 食べはじめてから少しして、杏子姉ぇがそんなことを言ってきた。

 確かに、朝は晴れていたんだけど、ちょっと前から雲行きが怪しくなり、太陽が隠れてしまった為に温度が下がってしまった。

 予報では雨も雪も降らないっぽいけど、大丈夫かな?

「曇ってますもんね。……うどんにしてよかったぜ」

 そう言いながら一哉は熱々のうどんをすすっている。

「雪でも降るのかな?」

 茜もお味噌汁を飲んでいる。

 というか茜……ご飯大盛りだなぁ。

「みんな傘は持ってきたの~?」

 雛先輩の問いに、みんなは首を横に振る。

「今日、普通に晴れマークでしたもん」

「雪なら多少は大丈夫ですけど、雨はそうはいきませんからね。そういう姉さんは?」

「ん~どうだったかしら~? カバンの中を探せばあるかもだけど~」

 雛先輩、折りたたみ傘を持ってきているのか!? さすがだなぁ。

 もし持ってきていたら雛先輩が雨や雪に濡れることはないから安心だ。

「てかそれは今はいいとして、やっぱり寒いよ~」

 杏子姉ぇが再び寒さを訴えはじめた。寒い寒い言ってると余計寒くなるのはなんでなんだろうな?

 ん? 杏子姉ぇがなぜか俺をじ~っと見ている。この時点で嫌な予感しかしない。

 でも、無視するのもなんか悪い気がするので、とりあえずなんで見てくるのか聞いてみるか。聞いても聞かなくても同じだろうし。

「……なに? 杏子姉ぇ」

「ねえマサ。それ貸し───」

「やだ」

『それ』がパーカーをさしていることは容易に想像出来たので、俺は拒否して卵焼きを口に運んだ。

 ……というか、さっきの杏子姉ぇの一言を聞いていた、俺と同じように制服の下に何か着込んでいる人たちがそれを杏子姉ぇに貸そうと上着を脱ぎはじめた。

「え~なんでよ~!?」

「嫌なものは嫌だから」

 実際、全然嫌ではないんだけど、首のキスマークを隠せるバリケードを失うのは嫌なのだよ。

「それにほら、貸してくれそうな人はいっぱいいるわけだし」

「え?」

 杏子姉ぇは後ろを振り向き、既にパーカーやトレーナーを脱いで杏子姉ぇに渡そうとしている男子数名を見る。中にはきちんと折りたたんで杏子姉ぇに渡そうとしている人までいる。

「あはは……ごめんなさい」

 しかし、杏子姉ぇは苦笑いで遠慮して、その人たちを両断し、その人たちはガックリと肩を落とした。

「私はマサのがいいの!」

「俺だと変に誤解させずにすむからだろ!?」

 紛らわしい言い回しをするのやめてもらっていいですかねお姉さん。

「そうだよ!」

 いさぎいいなお姉さん。

「とにかくダメなもんはダメ」

 ちょっと心が痛むが、キスマークがバレるのとを天秤にかけて、バレたくない方を取った。

「マサのケチ! アヤちゃんに言いつけてやる」

「……ど、どうぞ」

 あ、綾奈は俺から絶対に離れないって言ってくれたし? ちょっとくらいネガキャンされようが? 俺には痛くも痒くもないわけだから問題ないし?

「真人めっちゃ動揺してるじゃん」

「ぐっ……」

 さすが幼なじみ。俺の動揺は手に取るようにわかるってことか。

「真人君。手が震えてるわ~」

「え? ……あ」

 雛先輩がそう言うように、俺の手は少しカタカタと震えていた。

 くっ、……綾奈の好感度がちょっとでも下がることを恐れているとでもいうのか……!?

「でも、こんなにかたくなな真人君も珍しいよね」

「本当にね。普段の真人なら、なんだかんだ貸すのに」

「……」

 高校に入って友達になったクラスメイト二人が痛いところをついてくる。

 その時、後ろで紙みたいな物が地面に落ちる音が聞こえて後ろを振り向くと、誰かが紙を丸めて捨てていた。

 俺は内心で捨てたやつに溜息をつきながら立ち上がって丸まっている紙を拾い、席に着いた。

「ほら~、こんなに優しい性格の真人君なのに」

「うん。やっぱり変だよね」

 だけど、俺の行動で二人は疑問を深めてしまったようだ。いくら気になってしまうとはいえ、今回はちょっと墓穴を掘ったかもしれない。

「いやほら、俺だって寒いから……」

「でも人が困ってたら手を伸ばすよね~真人って」

「うう……」

 ここには俺をよく知る人がいっぱいだから、どんな言い訳を並べても全て返されてしまう。マズイぞ。

「杏子先輩」

「どしたのかずっち?」

「真人は何かを隠すためにパーカーを着てきたとするとどうですか?」

 お、おい一哉……何言ってるのかな?

「何かを隠す?」

「そうです。例えば……この週末に首に何かを付けた……とか」

「っ!」

 こいつやっぱり、キスマークが付いてることを知って───

「ん~…………あ! キスマーク!?」

「おい言うなよ杏子姉ぇ! ……あ」

 椅子から勢いよく立ち上がった俺は、自ら答えを告げてしまった。

 なんか俺たちの空間だけ、時間が止まっているような、そんな錯覚がする。

「へ~、アヤちゃんに付けられたんだ~」

「綾奈ちゃんだいた~ん」

「西蓮寺さんってやっぱり積極的だね」

「うんうん。綾奈ちゃんらしいよね」

「微笑ましいわ~」

 みんな口々に感想を言っているが、俺は恥ずかしさでそれどころではなかった。

 何が恥ずかしいかって……自分からキスマークの存在を明かしてしまったことだ。

 俺は耳まで赤くなっているのを自覚しながら、ゆっくりと椅子に座り、机に突っ伏した。

 でも、みんなの反応が優しかったのは、せめてもの救いだった。

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