第425話 帰る前に……

「弘樹さん、明奈さん。お世話になりました」

 俺は玄関で靴を履き、綾奈のご両親にお礼を言った。

 俺と綾奈はあれから夢中でキスをし続け、帰ろうと思っていた時間よりかなりオーバーしていた。

 なかなか下に降りてこないのを心配した明奈さんが綾奈の部屋のドアをノックする音で我に返ったのだ。

「いいんだよ真人君。俺たちも楽しかったからね」

「そうよ。またいつでも泊まりにきていいからね」

 このお二人は本気で言っているんだろうな。表情でわかる。

「はい。ぜひまた近いうちに」

「そうだわ。今度は美奈ちゃんも連れて来ちゃいなさい」

 マジで? 美奈も一緒に?

「美奈のやつは絶対喜ぶと思いますが……い、いいんですか!?」

「もちろんよ。私は美奈ちゃんともっと仲良くなりたいもの」

「俺も母さんと同じだよ。真人君の家族とはこれからもいい関係を築いていきたいからね。だから美奈ちゃんが来たいと言ったら、遠慮なく連れてきなさい」

「あ、ありがとうございます! 帰ったら早速美奈に聞いてみます」

 これは、美奈のやつにいい土産話を持って帰れそうだな。あいつの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

「ふふ、綾奈は真人君とイチャイチャする時間が減っちゃうかもしれないわね」

「ね、寝る前まで真人にいっぱい甘えるからいいもん!」

 冬休みもそうやってたもんな。

 俺としても綾奈とイチャイチャしたいから、綾奈が俺のいる麻里姉ぇの部屋に来てくれるのは大歓迎だ。

 というか、綾奈が俺のところに行かなかったら美奈が不思議がって言いそうだしな。

「あらあら、うふふ」

「綾奈は相変わらずだな」

 弘樹さんにまで相変わらずと言われるほど、俺と綾奈のイチャイチャは定着してしまったみたいだ。俺もこれが普通になっているから今更変える気はないけどね。

「それじゃあそろそろ……」

 いつまでも玄関にいたらご両親もゆっくり出来ないと思った俺は話を切り上げることにした。

 弘樹さんも明日は仕事で、早く起きないといけないしな。

「もうそんな時間か。真人君、気をつけて帰るんだぞ」

「ありがとうございます弘樹さん」

「またいつでもいらっしゃいね」

「はい。また来ます。明奈さん」

 俺は一度深くお辞儀をし、踵を返して玄関のドアハンドルを触れた。

「真人、私も行く!」

「ありがとう綾奈。弘樹さん、明奈さん。失礼します」

 俺は綾奈と一緒に外に出て、ゆっくりと玄関の扉を閉めた。


「真人……」

 玄関の扉を閉めてから数歩歩いて、綾奈が細く、寂しそうな声を出したと思ったら、次の瞬間には綾奈は俺に抱きついてきた。

「綾奈」

「少しだけ、このままでいさせて……」

「もちろん、いいよ」

 俺は綾奈を抱きしめ、頭を優しく撫でる。

 三十秒ほどで綾奈は俺からゆっくりと身体を離し、それから自分の左手を出てきた。

 俺はそれだけで綾奈の意図を理解し、俺も自分の左手を出し、綾奈の手と合わせて指を絡め、お互い笑いあった。

「綾奈。この土日はすごく楽しかったよ。ありがとう」

「お礼を言うのは私の方だよ。本当にありがとう真人。忘れられない誕生日にしてくれて」

「愛する綾奈のためだからね」

「えへへ。嬉しい」

 俺たちは左手同士を繋いだまま笑いあった。

「綾奈、そろそろ……」

「……うん」

 こんな時間がいつまでも続けばいいと思うけど、そろそろ帰らないと。このまま外にいたら綾奈が風邪をひいてしまうかもしれないからな。

「……離さないの?」

「綾奈こそ」

 だけど、いつまでたってもお互い手を離そうとしない。俺も、もっと綾奈と一緒にいたい。

「……離すよ?」

「……うん」

 俺は離したくないという気持ちを無理やり押し殺してゆっくりと綾奈の手を離した。

 そんなに寂しそうな顔をしないでよ綾奈。よけい離れたくなくなってしまう。

 でも、今日はこれで最後だし、もうちょっとだけ……。

 俺は綾奈との距離を一歩詰めて、右手で綾奈の頬に触れた。

「あ……」

 さっきまで家の中にいたから、風が吹いているけど頬は温かい。

「綾奈。また、明日ね」

「……うん。また明日」

 そうして俺たちはキスをして、今度こそ綾奈から距離をとり、ゆっくりと歩き出した。

 だんだんと遠くなる西蓮寺家……振り返ると綾奈が大きく手を振ってくれている。

 俺も綾奈に手を振り返し、この二泊三日の出来事を思い出しながら、今度こそ立ち止まらずに家に帰るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る