第415話 真人神様
「聞こえなかったのかな? この人は私の旦那様って言ったんだよ」
「え?」
「さ、西蓮寺先輩……?」
「う、嘘ですよね?」
女子三人は、さっきまでヒートアップしていたのが嘘のように、まるでいきなり冷水をかけられたように固まっていた。
そんな彼女たちに変わり、今度は綾奈がヒートアップしてきた。
本気でキレてる綾奈を見て、三人はあたふたして言葉を詰まらせている。
「あれ? おにーさんたち、どうしたんです?」
女子三人と一緒に、俺も今の綾奈にビビっていると、後ろから聞き慣れてきた声が聞こえたので、振り向くとやっぱり修斗だった。俺たちに近づきながら手をタオルで拭いていることから、トイレに行っていたみたいだ。
そんな修斗は、綾奈のただならぬ空気を察知すると足を止め、真冬なのにだらだらと汗をかきはじめた。
そうか……。修斗は約三週間前、初詣でキレた綾奈を見てるから、その怖さを知っているからこそこんなにビビってるのか。
綾奈はゆっくりと首だけを修斗に向けた。相変わらずにっこりとした笑顔を貼り付けている。
……気のせいだろうか? 綾奈のうしろに『ゴゴゴゴゴ……』って文字が見える。
「……ねえ横水君。この子たちに私と真人の関係を説明してもらっていいかな? 私たちが言っても信じてもらえないから」
「は、はい! わかりました綾奈先輩!」
修斗は背筋をピンと伸ばして敬礼をし、ダッシュで俺たちと女子たちのあいだに入って仲裁してくれた。その結果……。
「「「ご、ごめんなさい……」」」
女子三人は俺と綾奈に謝罪してきた。やっぱり三人のアイドル的存在の修斗が言うと一発で信じるんだな。
「その……中筋先輩。自分勝手にいろいろ言ってしまってすみませんでした」
「もういいよ。謝ってもらったし、信じてくれたからね」
「ありがとうございます。……本当にごめんなさい」
「先輩方。俺も最近まで真人おにーさんをめちゃくちゃディスってたから説得力はないかもだけど、今は本気で真人おにーさんを尊敬してるんです。この人みたいな男になりたいってすげー思ってて、だからこれ以上俺の兄貴分をディスらないでください」
修斗が敬語で話すってことは、この子たちは三年生なんだな。
受験の追い込みの時期だけど、勉強で疲れた身体を修斗の活躍を見て癒そうって思ったんだろうな。
「修斗……。俺を過大評価しすぎだからやめてくれ……」
俺は弟分の言葉で照れてしまい、本日二度目の照れ隠しの仕草をしてしまった。
「真人かわいい」って綾奈が言うと思ったけど、今回はそれを言わなくて、その代わりにものすごく愛おしいものを見るような目で俺を見ていた。
そんな綾奈を見て頬の熱がさらに上がってしまった。
後輩女子三人は、綾奈の表情を見てポカンとしている。多分これで本当に信じてくれただろう。
「じゃあ俺、そろそろ行きますね。後半がもうすぐはじまるので」
「あ、修斗!」
俺は、修斗がグラウンドを横切ってチームメイトの元へ走って行くのを呼び止めた。
俺の声が届いたのか、修斗は離れたところで立ち止まって俺を見た。
「ありがとうな! 後半も頑張れ!」
なんやかんやで、事態を終息してくれた修斗にお礼を言えてなかったから、それをどうしても伝えたかったから呼び止めた。
すると修斗は、俺に大きく手を振ってからまた走っていった。
助けてもらったんだ。だから後半は前半以上に応援しないとな。頑張れ修斗!
「あれ? でもちょっと待って」
俺が心の中で修斗にエールを送っていると、女子の一人が何かを思いついたような表情をしていた。
「どうしたの?」
「修斗くんって、中筋先輩を尊敬してるんだよね?」
「うん。言ってたね」
「私たちって修斗くんのファンじゃん」
「うん」
「その修斗くんが憧れてる中筋先輩って、私たちはもはや信仰しなきゃいけない存在じゃない!?」
「「あ」」
「え……?」
三人がいっせいに俺を見た。いい予感は全くしないぞ。
「「「
「はぇ!?」
なんでいきなり神様扱いされてんだ!?
「修斗、カムバーック!」
その後、俺の説得と綾奈の「むうぅぅぅー!」という可愛い威嚇で、どうにか普通に先輩として接してもらうことを約束させて、三人は俺たちにお辞儀をして歩いていった。
インターバルは十分しかないはずなのに、まるで俺が試合したような濃い時間と疲労感があった。
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