第409話 ガトーショコラのお味は……

「綾奈、落ち着いた?」

「……うん」

 あれから五分ほど経過し、落ち着いてきた綾奈に声をかけた。

 落ち着いてきただけで、綾奈はまだ完全には泣き止んでおらず鼻をすすっていた。

「ありがとうましゃと……ふえぇ」

 また泣き出しそうな綾奈の頭を優しく撫でる。涙腺が完全に崩壊しているなぁ。

「うん。綾奈、ゆっくりでいいから心を落ち着けてから食べてね。深呼吸する?」

 泣き止んでいない状態で食べて、もし万が一喉にケーキがつまってしまったら、誕生日どころではなくなってしまう。

 俺は綾奈の背中を優しくさすりながら深呼吸を促した。

「うん。……ましゃとの作ってくれたケーキ……ちゃんと味わって食べたいから……」

 俺が心配しているのとは全く別のことを考えていたみたいだ。作り手としてはもちろん嬉しいんだけど、「おいしい」って言ってくれるかドキドキする。

 多分お世辞でも言ってくれそうだ。それはそれで嬉しいんだけど、やっぱり心からの「おいしい」を聞きたい。俺、自分でハードルを上げてるな……。

「……うん。大丈夫。ありがとう真人」

 どうやらだいぶ落ち着いてきたみたいだな。ちゃんと俺の名前も言えてるし。

「どういたしまして」

 そんな綾奈は、食べる前にショートパンツのポケットからスマホを取り出し、それをガトーショコラに向けた。

 カシャっという音が聞こえたので、どうやら写真を撮ったようだ。

 これをメッセージアプリのアイコンにするのかな? 今の綾奈のアイコンは、相変わらず正月に俺が作った野菜炒めになってるし。

「うん。……じゃあ、食べるね?」

「ど、どうぞ」

 いよいよ綾奈が俺の作ったガトーショコラを実食する。やばい……俺の心拍数が一気に上がってきた。

 綾奈はゆっくりとフォークを持ち、そのままガトーショコラの方に持っていき、フォークを入れ、綾奈の小さな口に一口で入りそうなサイズに切ると、それにフォークを刺し、ゆっくりと口に運んで、そして食べた。

 俺は綾奈のそんな所作ひとつひとつが気になってしまい、固唾を飲んで見守る。

 頼む……綾奈にとって美味しくあってくれ!

 俺が心の中でそんな祈りをしている中、綾奈は口に含んだガトーショコラをゆっくり咀嚼している。まるでその一口でガトーショコラの全てを味わいつくそうと思っていそうなほど、ゆっくりと、めちゃくちゃ真剣に味わっている。

 一方の俺は、そんなゆっくりペースで食べている綾奈を見ながら、心臓の鼓動がどんどん速くなっていった。

 味わって食べてくれるのは嬉しいんだけど、おいしいかおいしくないかのジャッジをくだされる側からしたらこの時間は非常に落ち着かない。緊張しすぎて胃がキリキリしてきた。

 翔太さんたちも何も言わないのも拍車をかけている。

 やがて、本当に時間をかけてガトーショコラを咀嚼した綾奈は、それを飲み込んだ。

「ど、どうかな? ……綾奈」

 綾奈なら、俺が何も言わずとも感想を言ってくれるだろうけど、早く感想を聞いて楽になりたかった俺は、早く言ってほしい気持ちでいっぱいだった。

 そして……ついに審判がくだされる……!

「お、おいしい……おいしいよぉ……ふえぇ……」

 綾奈はまたも泣き出してしまった。

 他のみなさんも、綾奈がおいしいと言ったことに安堵している人や、また泣き出して慌ててる人もいる。

「え? そ、そんなに!?」

 いくら綾奈の涙腺を守る堤防が綺麗さっぱりなくなっているとはいえ、それほどなのか!? なら、翔太さんのケーキを食べたら毎回滝のような涙が流れそうなんだが……。

「うん。……とってもおいしいよ!」

「ありがとう綾奈。とっても嬉しいよ」

 涙を流しながらおいしいと言ってくれたんだ。これは心から言ってくれている。疑いを挟む余地なんてない。

「良かったわね真人。じゃあ二人とも、記念撮影するからこっち向いて……笑顔でね」

 麻里姉ぇが俺たちにスマホを向けて言ったので、俺と綾奈は笑顔で麻里姉ぇのスマホのカメラを見た。綾奈はお皿をガトーショコラがずり落ちない程度に傾けて、ガトーショコラも一緒に写るようにしていた。

 その後も俺たちの写真撮影は続き、俺がガトーショコラを綾奈に食べさせたり、綾奈が俺の腕に抱きついたり、頬にキスをしたりと、様々な写真を撮ってくれて、このドゥー・ボヌールでのサプライズは大成功、そして大いに盛り上がって幕を閉じた。

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