第402話 アメリカンショートヘアのきららちゃん

 城下さんが再び業務に戻り、綾奈がクッキーを半分くらい食べ、ここに滞在できる時間も少なくなってきた頃、綾奈が一番待ち望んでいた猫がこちらに近づいてきた。

「ま、真人! きららちゃんがこっちに来たよ!」

 この店の一番人気、アメリカンショートヘアのきららちゃんがついにやって来たのだ。

 しかもきららちゃんだけでなく、きららちゃんの後ろにはさらに二匹の猫がいて、この子たちも一緒に近づいてきている。全てのお客さんのところに来るってのは間違いないみたいだ。

 しかし、さすが一番人気の看板猫……なんか手下を引き連れて歩くボスみたいだな。

 きららちゃんは床の匂いを嗅ぎ始めて、嗅ぎながら微速で俺たちに近づいている。そんなきららちゃんたちを、俺と綾奈はここまで来てくれるのかを、ゆっくりとソファから床に座りドキドキしながら見守る。

 きららさん……今日うちのお嫁さんは誕生日なんです。あなたにめちゃくちゃ会いたがっていたので、ぜひお嫁さんにその御身をもふもふさせてあげてください!

 心の中でそんなお願いをきららちゃんにしていると、願いが通じたのかきららちゃんは綾奈の正座しているすねをすんすんと嗅ぎ始めた。

「~~~~~~~!」

「綾奈、感動するのはわかるけど、声出したらきららちゃんたちはびっくりするから堪えて」

 両手で口を隠して必死に声を抑えて感激している綾奈。……気のせいかな? 杏子姉ぇに会った時より感動してない?

 そんな俺たちの様子など知ったこっちゃないきららちゃんは、ひとしきり綾奈の脛の匂いを嗅ぐと、今度は綾奈の顔をじっと見つめた。

「き、きららちゃん……?」

「にゃー」

 綾奈が自分の名前を呼んだのがわかったのか、きららちゃんは可愛い声で鳴いたと思ったら、次の瞬間には綾奈の膝の上に前足を置き、綾奈の鼻から唇にかけて匂いを嗅ぎ始めた。

「ふ、ふぇ!?」

 突然のきららちゃんの行動にプチパニックになる綾奈。小さくだが驚きの声が出てしまった。

 他の二匹を見ると、綾奈の膝や腰周りの匂いを嗅いでいた。自分たちのボスが気に入った人間の匂いを自分たちも嗅いでみようと思ったのかもしれない。

「綾奈綾奈!」

「ま、ましゃと……ど、どうしたらいいの?」

 自分が一番会いたがっていた子にここまで近づかれて思考回路がうまく機能しなくなったのか、綾奈は嬉しいような、それでいて困ったような眼差しを俺に向けて助けを求めてきた。目が少しうるうるしている。

「とりあえず頭を撫でてみなよ」

 さすがにこれだけ近づいてめっちゃ匂いを嗅いでるんだ。きららちゃんも綾奈に頭を撫でられて嫌な態度は見せないだろう。

「う、うん……」

 綾奈はゆっくり……おそるおそるきららちゃんの頭にそっと手を置き一無でした。

「にゃ~」

「ひゃう……!」

 すると、きららちゃんは綾奈を気に入ったのか、綾奈の胸の辺りに自分の頭を擦り付けてきた。これには綾奈もびっくりしている。

 っと、そうだ。こんな場面こそバッチリ動画におさめないとな!

 俺はすぐさまスマホの画面を横に向けて動画を撮影する。

 その間もきららちゃんは頭を擦り付けていて、しっぽはピンと立っている。

 他の二匹も綾奈の足に身体を擦り付けている。どうやらみんな綾奈が気に入ったみたいだ。

「ま、ましゃと……! きららちゃんがゴロゴロ言ってるよ!」

「本当だ」

 俺もきららちゃんに近づくと、確かにきららちゃんはゴロゴロと喉を鳴らしていた。確かこれって、猫が嬉しいときにやるんだよな。

「きららちゃんたちは綾奈が気に入ったみたいだね」

「うぅ~……きららちゃん、みんなぁ……」

「にゃ~」

 きららちゃんはまた鳴くと、再び綾奈の顔をじっと見つめている。

「どうしたのきららちゃん?」

 思考回路が機能し始めた綾奈は、きららちゃんに顔を近づけると、きららちゃんは綾奈の鼻をすんすんと嗅ぎ始めた。

 匂いを嗅いでいる間もきららちゃんからは小刻みにゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてくる。

 そんなきららちゃんは直後、綾奈の鼻をペロッと舐めた。

「ふえっ!?」

 きららちゃんの突然の行動に、咄嗟に驚きの声を出してしまった綾奈。

 これにはきららちゃんもびっくりして、首を引いて綾奈の顔から距離を取った。

 それが引き金になったのか、きららちゃんは前足を綾奈の膝から床に降りた。

 そして再度綾奈の脛に頭をすりすりしてから離れていった。

「あ……きららちゃん……」

 そんな綾奈の寂しそうな声が離れていくきららちゃんに届いたのか、きららちゃんが立ち止まって顔だけをこちらに向けて、一度「にゃ~」と鳴いてからまた歩いていってしまった。

 俺は動画撮影をやめ、スマホをテーブルに置いてから綾奈の頭に自分の手をそっと乗せた。

「多分きららちゃんは綾奈に「また来なさい」って言ったんじゃないかな?」

 最後こそびっくりしていたけど、本気で驚いたら、多分全力ダッシュで逃げていたはずだ。そうしなかったってのは、やっぱりきららちゃんが綾奈を気に入ったからだろう。

「そうだと……嬉しいな」

「絶対そうだって。だからまたここに来てきららちゃんといっぱい遊ぼう」

「……うん!」

 きららちゃんたちが去り、残りの滞在時間が五分となっていたので、綾奈はクッキーを惜しみながらも急いで食べて、城下さんに挨拶してから会計を済ませて猫カフェ・ライチをあとにした。

 きららちゃんのおかげで、いい思い出が作れた。ラックくんも、ナツミちゃんも……ありがとう。

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