第400話 三毛猫のナツミちゃん
ラック君が去ってしまってから少しして、今度は一匹の三毛猫が俺たちの方へと歩いてきた。
「真人真人! 今度はナツミちゃんが来たよ!」
なるほどあの子がナツミちゃんか。
そのナツミちゃんを見てまたテンションが上がった綾奈は、俺の袖をクイクイと引っ張りながらはしゃいでいる。ナツミちゃんも可愛いけど、これだけはしゃいでいるお嫁さんもめちゃくちゃ可愛い。
「ほ~ら、ナツミちゃんおいで~」
綾奈が先程のラック君の時と同様に、床に両膝をついて手招きをしている。
それがナツミちゃんの気を引いたのか、ナツミちゃんが綾奈に近づいてきた。
「き、来てる! 来てるよ真人!」
「うん。……ほら綾奈、こっちを見ないでナツミちゃんに集中しないと」
綾奈が俺から離れた時からスマホを横向きにし、動画を撮影していた俺は、綾奈を見てそう言った。
「うん。ナツミちゃん……いい子だからおいで~」
綾奈の可愛い声がナツミちゃんに届いたのか、ナツミちゃんは止まらずに綾奈に近づいていく。
綾奈のテンションもさらに上がり、そして───
ナツミちゃんはそのまま綾奈をスルーし、なぜか俺の方へとやってきた。
「え? え? ナツミちゃん!?」
ナツミちゃんの目的が自分でないことを知った綾奈の驚きと落ち込みようは可哀想だったが、これはこれでいい画が撮れた。千佳さんに見せたら絶賛しそうだな。あとで送っていいか綾奈に聞いてみるか。
スマホを綾奈からナツミちゃんに向け、画面越しに見ると、ナツミちゃんはゆっくりと俺に近づいてきて、そのまま俺のズボンの裾の匂いをすんすんと嗅ぎ始めた。
「な、ナツミちゃん? なんで真人に? 真人は私の旦那様なんだよ?」
再び綾奈にスマホを向けると、綾奈は声と一緒に身体もぷるぷると震えていた。
いやいや綾奈さん、猫にまでヤキモチを妬かなくてもいいのでは? めちゃくちゃ嬉しいけどさ。
そんな綾奈の声が届いたのか、ナツミちゃんは俺の匂いを嗅ぐのをやめて、顔だけ綾奈に向けた。
「そうだよナツミちゃん。真人は私のだから、ナツミちゃんは私と遊ぼう。ね?」
綾奈の必死さがなんだか面白くて、笑いを堪えて俺の身体もぷるぷると震えていた。スマホに手ぶれ補正機能があって良かったよ。
綾奈の一生懸命な呼び込みに、ナツミちゃんはそこから動かずにいるけど、シッポだけは揺れていた。
でもあれだな。このままナツミちゃんが綾奈の方に行ったら、今度は綾奈がナツミちゃんに取られることになるのかな?
「ナツミちゃん。綾奈は俺のお嫁さんだから取っちゃダメだよ」
なんてことをナツミちゃんに言ってしまう俺。
ナツミちゃんにはもちろん伝わるわけもないし、はたから見たら「何言ってんだお前?」と言われそうだけど、俺もテンションが上がっているのか、この状況が楽しくなってきてついそんな言葉が口から出たのだ。
「ナツミちゃんは私と同じ女の子だから私はいいの。ナツミちゃん、私と遊ぼ~?」
……それ言ったらさっきのラック君はどうなんだろうな。ラック君、オスだし。
まぁ……そんなことはさておき、当のナツミちゃんはまだ綾奈を見ながらシッポを揺らしている。
「あ、ナツミちゃんが舌なめずりをしたよ」
俺が座っている角度からは、ナツミちゃんの後頭部しか見えないけど、どうやらそうらしい。
舌なめずりをしたらしいナツミちゃんは、次の瞬間には正面に向き直り、そして俺の足に頬擦りをしてきた。
「か、可愛い……」
そんなナツミちゃんを見て、俺の心が高鳴っているのを感じる。
俺の心は今、キュンキュンしている!
……男が自分に使う言葉じゃないな。
俺はスマホを片手で持ち、俺の足に頬擦りをしているナツミちゃんの背中を優しく撫でると、ナツミちゃんのシッポがピンと上に向いた。どうやら気持ちいいみたいだ。
「悪いね綾奈。どうやらナツミちゃんは俺の方が好きみたいだよ」
「……むぅ」
テンションが上がった俺は、つい煽るように言うと、綾奈は頬をふくらませていた。
ひとしきり俺に撫でられたナツミちゃんは満足したのか、俺たちから離れて別のお客さんの所へ歩いていった。
そんなナツミちゃんを見送って、綾奈はまた俺にピトッとくっつくようにしてソファに座った。
「……私も、あとで撫でてくれる?」
「っ!」
至近距離からの上目遣いでその殺し文句はマジで一発退場ものの反則ですよ綾奈さん!!
「もちろん。帰ったらいっぱい撫でるよ」
俺はドキドキしながらも、笑顔でそう言った。顔がマジで熱い。
「えへへ~、楽しみ♡」
フライドポテトを食べさせ合いながら、俺たちはまた猫がこっちに来るのを待つのだった。
ちなみにさっきの動画を千佳さんに送っていいかを聞いたら速攻で拒否された。
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