第394話 真人が待っていた理由

「ありがとう真人。私のために。それからごめんね」

 綾奈はお礼を言ったあと、少しだけ眉を下げて謝ってきた。謝る要素、あったかな?

「綾奈が謝ることなんてないだろ?」

「でも……私が朝に、あんなことを言わなければ、真人を寒空の下で待たせることもなかったのに……」

 なるほどな。綾奈は今朝、部活に行く前に俺に言った、『部活が終わったら私から離れないでほしい』という言葉に罪悪感を感じてるんだ。

 俺は、自分が早く綾奈に会いたかったのもあったけど、『部活が終わったら』を、文字通りに捉えていたけど、綾奈の場合は多分だけど、『家に帰るまでが遠足』みたいに、部活イコール帰宅までという認識だったのかもしれないな。

 いや、それ以前に俺がここまで来ることが予測不可能だったってのもあるのかもしれないな。

 俺は綾奈の頭にそっと自分の手を置いた。

「サプライズをしようと思って、綾奈に伝えずに来たことは謝る。……ごめん」

 綾奈はふるふると首を横に振った。

「真人は何も悪くないよ。ちゃんと『私が帰ったら』って言わなかった私が悪いから……ごめんね真人」

 やっぱりか……。

「綾奈?」

「なあに?」

「綾奈は、俺に早く会いたくなかった?」

 綾奈はまた首を横に振った。

「さっきも少しだけ言ったけど、ここにサプライズで来たのは、綾奈のためだけじゃないよ。俺がマジで綾奈に会いたかったから……だから迎えに来たんだ」

「……うん」

「それに、ぶっちゃけると明奈さんと弘樹さんの二人と何話していいかわからなかったからってのもあるんだよ」

「……え?」

 これも本当だ。

 二人を見送ったあとは西蓮寺家に戻ったのだけれど、綾奈のご両親と長時間同じ空間にいて話題が続かなかった。

 すごく良好な関係を築けている自覚はあるけど、まだ綾奈抜きであのおふたりと長時間一緒にいるのは慣れない。だからここに来たというのがもうひとつの理由だ。

「俺は元々陰キャオタクだし、大人の人との会話には慣れてなかったからさ」

「真人は陰キャではないと思うけど……」

「……今でこそ綾奈と婚約してるし友達も増えたけど、そうなる前は友達も一哉くらいしかいなかったし、あいつがいなかったら教室でひとりラノベを読んでたのは、綾奈も知ってるよね?」

「……うん」

「そんな俺が、大人の人と長時間会話を続けられるわけもないから、おふたりには申し訳なかったけど、だからここに来たってのが三つ目の理由だよ」

「そうなの?」

「うん。だから暗い話はここまでにして、早く帰ってご飯を食べて、猫カフェに行こう。綾奈の誕生日という特別な日だから、今まで以上に楽しい思い出を作ろうよ」

「……わかった! もう言わないようにするね」

 良かった。綾奈に笑顔が戻った。

 今日、暗い気持ちになるのはこれっきりだ。猫カフェで思いっきり笑顔になってもらって、そのあとはドゥー・ボヌールで俺の手作りケーキを食べてもらう。

 多分、綾奈は俺が作ったケーキと知ったら、泣いてしまうかもしれないが、同じ泣き顔でも俺は嬉し泣きをしている綾奈を見たい。

「じゃあ帰ろっか。綾奈」

「うん! 真人」

 俺は綾奈と手を繋ぎ、歩き出した。

「え? あんたたちまだこんなとこにいたの?」

「「あ……」」

 その直後、千佳さんたち他の合唱部員の方々が下校のため校門にやって来た。

 千佳さんに呆れられた俺たちは、朝と同様、千佳さんと三人で帰るのだった。

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