第390話 独り占めしていいの?

「そろそろ起きよっか」

「そ、そうだね」

 起きてしばらくしたらドキドキも落ち着くだろうと思い、俺は上体を起こそうとした直前。

「起きる前に、おはようのちゅう……しよ?」

「んっ! んんっ!」

 綾奈から予想外の追い打ちが放たれたので、俺は照れ隠しで大きく咳払いをした。

「ど、どうしたの真人!?」

「な、なんでもないよ」

「そう? それにしては顔がすっごく赤いけど……」

「ほ、本当になんでもないから……というか、綾奈だって顔が赤いじゃないか」

 テンパっていても、綾奈の顔が朱に染まっているのを俺は見逃さなかった。いや、正確には見逃せないほどに赤かった。

「だ、だって……改めて言うと、やっぱり照れちゃうというか……その…………」

 付き合って約三ヶ月。ここまでいっぱいキスはしてきたけど、俺も綾奈も、やっぱり照れるものは照れるのだ。

 俺は照れて目を逸らしている綾奈の唇に、ちょんと一瞬だけキスをした。

「……もっと」

 だが綾奈はご不満らしく、頬の赤が濃くなりさらにキスを要求してきた。

「ああ……」

 俺はもう一度綾奈と唇を重ね合わせ、一分ほどキスをして一緒にリビングに降りた。


 朝食を食べ終えた俺たちは、歯磨き、そして洗顔を終えてそれぞれの部屋へと戻り、綾奈は部活に行く準備を始めた。

 今日は綾奈の誕生日だけど、そんなことは関係なく部活は通常通り行われる。

 風見高校の臨時合唱部員の俺は、まだお呼びがかからないので部活には行かなくていい。

 午前八時過ぎ、制服に着替えた綾奈が、俺がいる麻里姉ぇの部屋へと入ってきた。

「真人君」

 ドアを閉め、ベッドに座っている俺を呼んだんだけど、『君』づけ……久しぶりでちょっと驚いた。

 そして俺はなぜか姿勢を正した。

「なんでしょう綾奈さん」

「ひとつ、私からお願いがあります」

 あれ? このまま敬語で話していく流れか? こんなやり取りも新鮮で全然いいんだけど、急に改まってどうしたんだろう?

「お願いですか?」

「……今日、部活が終わったら、それ以降は私から離れないでほしい……です」

「つまり、部活が終わったら、そこからはずっと綾奈さんと一緒にいたらいい、ということですか?」

 綾奈は頬を染めて首肯した。

「もちろんいいよ。俺は最初からそのつもりだったしね」

「ふぇ!? そ、そうなの?」

「うん」

「真人を、独り占めしていいの?」

「あ、当たり前じゃん。今日は綾奈のために俺の時間を使うって決めてたからさ」

 今日は綾奈からドキドキさせられる言葉をもらってばかりだな。これが今日何回もあるのかな? お嫁さんの愛を感じれるからすごく嬉しいけどね。

「……嬉しい。すごく、すっごく嬉しい」

 綾奈はそう言うと、両手を前に出しながらゆっくりと俺との距離を詰めてきた。

 それで綾奈が何をしたいのかを理解した俺は、ベッドから立ち上がり、そのまま前進してくる綾奈を抱きしめた。

「部活、頑張って来るからね。終わったら離れないでね」

「約束する。今日は綾奈から離れないよ。だから部活頑張ってね」

「うん! 終わったらすぐに帰ってくるからね」

 俺たちはキスをして、千佳さんが迎えに来てくれたタイミングで一階に降り、千佳さんと三人で駅の構内まで二人と一緒に向かい、電車に乗る二人を見送ってから、麻里姉ぇに電話をかけながら西蓮寺家へと戻るのだった。

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