第389話 夢についての弁明

 一時間ほど経過し、俺が二度寝から覚めると、綾奈がじーっと俺の寝顔を見ていたらしく、えらくにこにこしていた。

「おはよう。真人」

 声もいつもより高い。そんなに俺の寝顔が良かったのかな?

「おはよう綾奈。もしかして俺の寝顔を見てた?」

「うん! 十五分くらいだけど、『私の旦那様はかわいいなぁ』って思いながら見てたよ」

「え!? そんなに見てたの!?」

 予想より長い時間見られていたみたいだ。ヨダレ、たれてないよね!?

 俺は気になったので、右手の甲で口元をごしごしと拭った。

「大丈夫。ヨダレは出てなかったから」

「……なら良かった」

 綾奈に汚いものを見せずにすんで安心したんだけど、今度は綾奈がさっき言った『私の旦那様はかわいいなぁ』に今さらながらドキドキしていた。

「ところで綾奈」

「なぁに? 真人」

 綾奈は俺が名前を呼ぶと大体にこにこしてくれるんだけど、今日はいつもの二割り増しくらい笑顔だ。

 俺の寝顔を見てご機嫌なのか、それとも改めて「誕生日おめでとう」とか言ってくれるのかを期待しているのかはわからないが、俺は「誕生日おめでとうと」言い、気になっていたことを綾奈に聞いた。

「夢の中で杏子姉ぇとイチャイチャしてたみたいだけど、嬉しかった?」

「……ふえ?」

 綾奈は目をぱちくりさせている。俺が一度目が覚めていたのを知らないのだから、自分がなんの夢を見ていたのかを言い当てられてマジで驚いているみたいだな。

 いや、もしかしたらなんの夢を見ていたのか覚えていないパターンもあるな……。

「え? え!? な、なんでそれを知って……!」

 あ、よかった。覚えていたみたいだ。

「実は一度目が覚めてね。そしたらいつの間にか綾奈がまた一緒に寝てるし、「きょーこちゃんしゅき」って寝言言ってるしで……」

「あ、あのね真人。ち、違うの……!」

 浮気したわけじゃないのに必死に弁明をしようとしている綾奈がすごく可愛い。綾奈には悪いけどちょっと面白くなってきたな。

「俺と一緒に寝てて他の人とイチャイチャする夢を見るなんてな~。ちょっとショックだったな~」

「ち、違うの! 夢の中で杏子さんがギュッでしてくれたり、ケーキを食べさせてくれたりしてもらっただけで、決してそれ以上のことは……」

「でも寝言で「俺に悪いから」って言ってたよね~」

「そ、それも言ってたの!? ……あ」

 綾奈は弁明しようとすると決まって自爆するからなぁ。今回も例に漏れずだ。

「本当は杏子姉ぇになんて言われたの?」

「うぅ~……ま、「マサなんか忘れて私と付き合ってよアヤちゃん」って言われました」

「何やってんだよあの姉は……」

 あれか? 初対面の時に綾奈に「今日は私とずっと一緒にいようよ」って言ったけど速攻で断られて、その悔しさが増幅された世界線の杏子姉ぇが綾奈の夢の中に出てきたのか?

「で、杏子姉ぇの大ファンである綾奈は、杏子姉ぇの本気の告白に抗えなかったと」

「う、うん……真人、ごめんね……」

 綾奈が少しだけ目に涙を浮かべながら本気で謝ってきている。ちょっとイタズラがすぎたかもしれないな。

 俺は綾奈を強く抱き締めた。

「ま、ましゃと……!?」

「俺とずっと一緒にいるって、改めて約束してくれたら許してあげる」

「う、うん! 約束する! 真人とずっと一緒にいるし、杏子さんに告白されても絶対断るから!」

 なんか杏子姉ぇだけ警戒レベルが増している気がするけど……まぁいいか。

 その後、俺は本当は怒ってもショックを受けてもなく、夢とわかっていてちょっと悪ノリをしてしまったとネタばらしをすると、驚いていた表情からプクッと頬を膨らませて抗議しながらポカポカと俺の胸を叩いてきたが、俺が謝ったら許してくれて笑顔を見せてくれた。

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