第388話 夢に出てきたのは……

「や、やめろって杏子姉ぇ……!」

「ほらほらマサ。遠慮しないでいいんだよ。私のこと、大好きなんでしょ? だから私の…………を食べれるよね?」

「いや、だからって……もがが」

「あはは。こんなに口いっぱいに頬張って……可愛いなぁ私の弟は」

「んー! んー!!」


「…………はっ!」

 ……夢、か。

 夢の中にまで出てきて、何をしてるんだよ杏子姉ぇ……。

 俺が見た夢は、なぜか夢の中で金縛りにあい、動きが封じられた俺……そんな俺を見て、杏子姉ぇがにこにこしながら俺の口の中にマシュマロをすごい勢いで入れてくる夢だった。

 まさにマシュマロのわんこそば状態……いや、わんこそばは食べてからお椀に新たなそばを入れてくれるから、自分のペースで食べることができるが、お椀という受け皿がない状態で、次から次へと杏子姉ぇのペースでマシュマロを口の中に入れてくるから、夢の中の俺の頬は、食べ物を含んだリスみたいになっていた。

 ……夢の中でマジで命の危機に見舞われるとは……。

 俺はまだ夜が明けきらぬなか、見慣れない天井を見ながら、ゆっくりと脳を覚醒させていく。

 そうだ。俺は昨日から綾奈の家にお泊まりに来ていて、ここは麻里姉ぇの部屋だ。

 真っ白な天井を見ながら、左目を擦ろうと思い左腕を動かそうとしたけど、その左腕が動かない。何かが乗っているような感覚があった。

 う~ん……このシチュエーション、ちょっと前にもあったけど、まさかあの時と同じか?

 俺は視線を天井からゆっくりと左腕の付け根へと移動させる。

「……やっぱり」

 すると、そこには俺の予想通り、綾奈が俺の腕を枕にしてすぅすぅと寝息を立てて眠っていた。

 まだ夜が明ける前だけど、暗い中でもわかる。こんなことをするのは綾奈しかいない。

 覚醒しきってない頭で現状を理解し、徐々に俺の心臓が早鐘を打ち始める。

 しかし、まさかまた綾奈が俺の寝ているベッドに侵入してくるとは……。

 ここは綾奈の家だし、俺の家よりかは行動に移しやすかったんだろうな。

 暗く、そして静寂に包まれた部屋の中で、綾奈の規則正しい寝息だけが聞こえる。心地いいとでもいうのだろうか……とにかく落ち着く。

 俺、綾奈の寝息まで好きなんだなぁ。

「てか、今何時だ?」

 俺は綾奈を起こさないよう小声で言い、右側の枕元に置いていたスマホを手に取り時間を確認する。スマホの光で綾奈が起きないか心配だ。

「……五時前か」

 俺は素早くスマホの画面を消した。どうやら綾奈は起きる気配がない。良かった。

 三学期が始まってから、ほぼ毎日これくらいに起きてランニングしていたから、いつしか身体に習慣づいてしまったようだ。

 しかし、この週末はランニングはお休みすると決めていたので、無理に起きる必要もない。……物理的に起きられないんだけどね。

 うん。せっかくだし、久しぶりに綾奈抱き枕を堪能しながらもう一眠りしようかな。

「……ぁ、だめ……だよぉ……」

 と、思って綾奈を優しく抱きしめようとしたら、綾奈からそんな寝言が聞こえてきた。今回も夢を見てるんだな。

 今回はなんの夢見てるんだろう? また俺の夢かな? 前回は綾奈の夢の中でおそらく犬になっていた俺だけど、今回はちゃんと人間として登場してるのかな?

「……わたし、には……ましゃとが、いる……に……」

「っ!?」

 え? え? 今回は本当にどんな夢を見てるんだよ!?

 この寝言からして、綾奈は俺以外の男に変なことをされようとしているのか!? 夢の中の俺は何やってんだ!? これじゃボディーガードとして失格だろ!

 夢の中の綾奈! なんとか男の魔の手から逃れ───

「わた……も、うれし……けど、ましゃとに……わるい……ら……すぅ……」

「ちょっと綾奈さん!?」

 やべ! 思わず声が出てしまった。

 いや本当にどういう状況なんだよ!?

 綾奈が俺以外の男に何かをされそうになって、嬉しいって言うのは夢の中であっても考えられない。

 夢の中のその男は……俺以上に魅力的な男なのかな……?

 俺以上なんて思ったけど、そんな男はそこら辺にごろごろいるのはわかってるけど、大好きなお嫁さんが夢の中とはいえ他の男と逢瀬を楽しむのか、それとも俺を選ぶのかが気になってしまい、気づけば俺は完全に覚醒していた。

 果たして、綾奈の選択は……!?


「……きょー……こ、ちゃ……しゅき……すぅ……」


「…………」

 お相手はまさかの杏子姉ぇでした。

 俺は一気に力が抜けた。

 綾奈は杏子姉ぇの大ファンだから、その状況もわかるんだけどさぁ……なんで綾奈の夢の中にまで出てきてんだよあの姉は!

 俺にイタズラをしたかと思えば、綾奈とイチャイチャしようとするなんて……とんでもねぇ姉だな。

 その後、緊張から解放された俺は、綾奈を抱き枕にして二度寝をした。

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