第386話 同じシャンプーの匂い
お風呂から上がり、俺は綾奈の部屋の扉をノックした。
それにしてもいい湯だった。初めてこの家のお風呂に入ったけど、変に緊張せずリラックスして入ることができた。
そしてうちの風呂より広かった。
「どうぞ~」
部屋の中から綾奈の可愛らしい声が聞こえてきたので、俺はドアレバーを倒して扉を開けた。
「おかえりなさい真人」
「ただいま綾奈」
綾奈の手には、既にドライヤーが握られており、髪を乾かす準備は万端で、俺を手招きしていた。
近くにあるローテーブルを見ると、マグカップが二つ並べられており、湯気が立っているところを見ると、俺が風呂に入っているあいだに入れてきてくれたものみたいだ。
「ホットミルク入れてきてくれたんだ。ありがとう綾奈」
「真人も冬休みのお泊まりで飲み物を入れてきてくれたから、私もおかえし」
綾奈の優しさが嬉しくなりながら、俺は綾奈に背を向けるようにして座り、綾奈は待ってましたと言わんばかりに膝立ちになり、ドライヤーで俺の髪を乾かしてくれた。
「うん。ちゃんと乾いたよ」
「ありがとう綾奈」
俺は髪を乾かしてくれたことに対してお礼を言ったのだけど、綾奈はまだ俺の髪を感触を確かめるように何度も何度も手を滑らせている。……つまり俺の頭を撫で続けている。
「あの……綾奈?」
「なーに?」
「何してるの?」
「旦那様を撫でてます」
いや、なんで頭を撫でてるのかを聞いたんだけどな……。気持ちいいから全然撫でてくれてかまわないんだけどね。
「えっと……触り心地はいかがですか?」
さっきの綾奈に引っ張られて俺も敬語でさらに質問を続ける。
手触り最悪なんて言われたらどうしよう……。
「最高です♡ 真人の髪って硬いけどさらさらしててお気に入りなんだ。お風呂から上がって乾かしたばっかりだから最高を超えちゃってるよ」
こんなに触ってくれるから最悪ではないのはわかりきっていたけど、予想以上に絶賛してくるから、嬉しくなって自然と笑みがこぼれてしまう。
「それを言うなら綾奈の髪だって最高だよ。綾奈の美しい黒髪は、触ると絹のように滑らかで、初めて頭を撫でた時はあまりのさらさら具合にマジで驚いたんだから」
初めて綾奈の頭を撫でたのって、付き合い始めた翌日の帰りの電車内だったな。もう三ヶ月くらい前になるけど、あの時の感動は今でも覚えている。この世にこれ以上さらさらな髪なんてないんじゃないかってくらいだったもん。
絹は触れたことがないし、髪の比較対象も美奈くらいしかいないけどな。
「ほ、褒めすぎだよぉ……でも、ありがとう真人」
きっと今の綾奈の顔はふにゃっとしてるんだろうなぁ……すごく見たい。
そんなことを思っていると、綾奈は両手を俺の髪から肩に移動させ、俺の髪に顔を近づけて、スンスンと匂いを嗅ぎ始めた。
俺の家でお泊まりした時はこんなことしてこなかったので、俺は驚きと一緒にドキドキと、そして背中がゾクゾクした。
「えへへ~、真人の髪からうちのシャンプーの匂いがする~」
「うん。お風呂場にあったのを使わせてもらったからね」
ここに来てから、綾奈みたいに自分で用意しとけば良かったかも……なんて思ったけど、結果的に持ってこなくて正解だったな。
ちなみにこの家で使用しているシャンプーは、うちのより良いものだった。
「なんかね……真人から同じシャンプーの匂いがして、改めて真人とがお泊まりに来てるんだなって実感がわいてきたよ」
「綾奈は冬休み、途中まで自分で持ってきたシャンプーを使ってたもんな」
「うん。……私だけかもしれないけど、大好きな人から私と同じシャンプーの匂いがするの、すごく幸せって思う」
「俺も、なんとなくわかるよ」
冬休み中も思ったけど、好きな人と……綾奈と暮らせるのは本当に幸せなことだ。
シャンプーは、言ってしまえばその家庭の匂いの一つ……だと思う。
そんな匂いが大好きな人からすれば、綾奈みたいに思ってしまうのは当然だと思う。
俺も綾奈が好きだから……好きすぎるから、綾奈の言葉を聞いて、俺の中が幸福感で満たされていくのを感じる。
「嬉しい。じゃあ、本当に一緒に暮らし始めたら、シャンプーやボディーソープはお揃いにしようね」
「となると、男女兼用で良いやつを探さないとな」
「うん! 将来の楽しみがまた増えちゃった」
「俺もだよ」
こうして綾奈と本格的に同居を始めた時の話をする……楽しくて本当に幸せだ。
これからもこうして、少しずつ将来のことを計画していこうな。
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