第6章 綾奈の誕生日と真人のお泊まり

第383話 「ただいま」を言って綾奈の家に入ろう

 綾奈の誕生日前日の一月二十日。時刻は午後九時前。

 俺は西蓮寺家の前までやってきた。灯りは当然ながら付いている。

 ケーキ作りをしていたとはいえ、だいぶ遅くなってしまったな。多分綾奈は首を長くして俺の到着を待っているはずだ。

 荷物は、一応キャリーケースに入れてきた。二泊三日だけど、リュックとかだと中が見づらく、いちいち中の物を取り出して……なんてこともあるかもしれない。綾奈の家で荷物を取り出して~とかはあまりしたくないのでキャリーケースにした。

 しかし、いざこうしてお泊まりに来るとやっぱり緊張するな。

 綾奈も、やっぱり最初は緊張した……よな。

 今回のお泊まりは綾奈のご両親……主に明奈さんの提案だ。

 ご両親の信頼も得ているので、歓迎されることは間違いないのだけど、それとこれとは別問題だ。

 何度か来たことがある家だけど、最長の滞在時間は三時間ほど。今回はそれをゆうに超える。

 なんて考えても仕方ないし、時間経過とともに慣れてくるだろう。緊張するのは最初だけだ。

 俺は深呼吸を何度かして心を落ち着ける。……よし!

 そして右手を出し、人差し指でインターホンを押した。

『はーい』

 すぐにインターホンから声が聞こえた。これは明奈さんの声だ。

「こ、こんばんは。真人です」

 緊張で声が上擦ってしまったが、なんとか言えてホッとした。

『待ってたわ真人君。今開け……って、綾奈!?』

「え?」

 ん? 綾奈がどうかしたんだろうか? そう思った直後、家の中からバタバタと足音が聞こえてきて、それがどんどん大きくなっていく。これはまさか……。

 次の瞬間、玄関が開かれ、予想通りの人物がパジャマ姿で俺めがけて走ってきた。

「真人!」

「おっと! ……おまたせ綾奈」

 そのままの勢いで俺に抱きついてきたので、少し体勢を崩したけど綾奈を抱きとめることに成功した俺は、条件反射のように綾奈の頭を優しくなでた。

「えへへ~♡ 待ってたよまさと~」

 ちょっ、綾奈さん。抱きしめる力がいつもより強い気が……といっても大して苦しくないのでそれはそのままなで続ける。

「真人君。よく来たわね」

 玄関から明奈さんの声が聞こえたのでそちらを見ると、明奈さんの後ろには弘樹さんもいた。二人とも笑顔で俺を出迎えてくれた。

「こんばんは。明奈さん、弘樹さん。遅くなってすみません」

「いいのよ真人君。そんなこと気にしないで」

「……はい」

 事情を知っているからか、明奈さんは笑顔で、そして優しく言ってくれた。本当にありがたいな。

「いつまでもここにいたら寒いだろう? さ、真人君。早く入って温まってくれ」

「ありがとうございます弘樹さん」

「真人。早く入ろ!」

「うん。それじゃあ、お邪魔しま───」

「真人君?」

 俺が入ろうとしたら、明奈さんが俺の言葉を遮って手で俺を静止した。え? 変なところでもあったかな?

「な、なんでしょう……明奈さん?」

 内心ちょっとビビりながら明奈さんを見ると、綾奈さんはにっこり笑顔を俺に見せていた。めちゃくちゃ美しいけど、ちょっと圧もあるのは気のせいか?

「以前、ここにお夕飯を食べに来たときに私が言ったこと、覚えてるかしら?」

「前に明奈さんが言ったこと…………あ!」

 そうだ。あの時この家に入ろうとしたら、明奈さんに『ただいまでもいいのよ』と言われたのを思い出した。

 一月ひとつき以上前になるけど、あの時と今では俺と綾奈の関係は少しだけ……いや、大きく変わっている。

 あの時は、綾奈とは口約束で結婚するって言っていたけど、今は本当に結婚の約束をしている婚約者だ。この家が将来、本当の義実家になるわけだし、確かに『お邪魔します』というのは先月以上に変になる。

 それに、冬休みに綾奈が俺の家に泊まりにきた時も、うちの母さんが綾奈に言わせていたしな。なら、ここは俺も言わなくちゃいけないな。

「……ただいま」

 俺は少し照れながらも、はっきり「ただいま」と言った。

「はい。おかえりなさい真人君」

「おかえり。真人君」

「おかえりなさい。真人」

 三人に優しく「おかえり」と言われた俺は、綾奈と手を繋ぎながら、ゆっくりと西蓮寺家の中へと足を踏み入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る