第5.5章 綾奈の誕生日に向けて……

第373話 翔太への頼みごと

 その日の夜、お風呂から上がった俺は、ベッドに腰掛け電話をかけた。五コールくらいで相手が出た。

「もしもし。翔太さん?」

 電話の相手は翔太さんだ。彼にかけるのは初めてだったのでちょっと緊張する。

『こんばんは真人君。珍しいね。どうしたんだい?』

 夜も十時になろうとしている時間に、いきなり電話をしたんだけど、翔太さんはいつも通りの穏やかな声で出てくれた。

「こんばんは翔太さん。夜分にすみません。じつはお願いがありまして」

『僕にお願い? もしかして……』

 パティシエの翔太さんに、この時期にお願いすることといえばアレしかない。翔太さんもピンときたようだ。

「はい。綾奈のバースデーケーキをお願いしたいんです」

 いよいよ一週間後に迫った綾奈の誕生日。そのお祝いのケーキを翔太さんに依頼したくて電話をした。

 さすがに明奈さんが用意をすると思うんだけど、俺の誕生日に綾奈はサプライズでケーキを用意してくれていた。それも綾奈の手作りのケーキだ。

 そんな特別なものを用意してくれていたのに、俺がケーキを用意しないのはさすがにないと思っていたので、こうして翔太さんにお願いの電話をしたのだ。

 今日、ドゥー・ボヌールを出る前にお願いをしなかったのは、俺もサプライズで用意したかったからだ。綾奈やみんなに勘づかれないためにも、あえてあの場では言わなかった。

『綾奈ちゃんの誕生日、来週だからね』

「はい。綾奈は少食だし、おそらく自宅でもケーキが出ると思うので、小さいのをお願い出来ないかと……」

『……真人君は、自分でケーキを作らないのかい?』

「え?」

 翔太さんからまさかの質問が飛んできて、俺は面食らってしまった。

『真人君からバースデーケーキについてお願いされるのは予想出来てたんだ。綾奈ちゃんも同じだったから。綾奈ちゃんは僕にケーキ作りを教わって、あのケーキを用意したんだけど、真人君は自分の作ったケーキを綾奈ちゃんに食べてもらわなくていいのかい?』

「……正直、考えなかったわけではないんですが……俺、料理は本当に簡単なのしか出来ないんです。それこそ作れてあの野菜炒めくらいしか。学校もあるから一週間で作れるようになるのも難しいですし、それなら翔太さんにお願いしようかなと思って……」

 俺の料理スキルは、本当に素人に毛が生えたくらいのレベルだ。

 学校に行きながらケーキ作りの練習をするにしても、そのいろはを全く知らない俺が一から教わるのは時間がなさすぎる。付け焼き刃にすらならないだろう。

 そしてケーキ作りを教わるということは、翔太さんに頼るしかないということだ。人気店の店長なんだから、普段はめちゃくちゃ忙しいはずだから俺付きっきりってわけにはいかないだろうし……。

『真人君は、学校が終わったら何をしてる?』

「え? 学校が終わったら、臨時合唱部員の俺は、今は部活がないのでそのまま下校してます」

 そう答えると、翔太さんは何やらぶつぶつと独り言を言いだした。

『真人君』

 やがて独り言が終わり、翔太さんは俺の名を呼んだ。

「はい」

『学校が終わったら、うちの店でケーキ作りの特訓をしないかい?』

「え……」

 翔太さんから、今度はまさかの提案が飛んできて、俺は再び面食らってしまった。

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