第369話 麻里奈に驚く杏子

「みんないらっしゃい」

「あ、麻里姉ぇ。おかえりなさい」

 ケーキを食べるのも一段落し、俺たちは飲み物片手に談笑を、そして茜だけは相変わらずケーキを食べていると、近くで聞き慣れた声が聞こえてきたので、そちらを見ると、麻里姉ぇが立っていた。

 ……それにしても、俺の幼なじみはやっぱり大食いキャラじゃないのか?

 ドゥー・ボヌールの制服姿ではなく、スーツを着ているということは、学校から帰ってきたばかりなのかな?

 みんなは各々「こんにちは」と、綾奈は「お姉ちゃんおかえりなさい」と、麻里姉ぇに挨拶をしている中、杏子姉ぇは───

「めちゃくちゃ美人な人が来た!」

 と、雛先輩や千佳さんを初めて見た時と同じようなテンションで驚いていた。……杏子姉ぇって、美人を見るとテンションが上がる癖でもあるのだろうか?

「翔太さんから聞いていたけど、本当に氷見杏子さんがいるのには驚いたわ。しかも真人のいとこなのよね?」

「う、うん。そうだよ麻里姉ぇ」

「ち、ちょっとちょっとマサ! この美人さんも知り合いなの!? しかも普通に下の名前で呼ばれてるし……まさか!?」

「違う違う! 何でもかんでもそれに結びつけるのやめてよ杏子姉ぇ!」

 なんで美人の仲良しイコール俺に好意があると解釈しようとするのかなこの姉は!? まぁ、義弟としてはめちゃくちゃ好かれている自覚はあるんだけどさ。

「この人は松木麻里奈さん。ここ、ドゥー・ボヌールの店長、松木翔太さんの奥さんで、綾奈の実のお姉さんだよ」

「アヤちゃんのお姉さん!? ……どおりで美人さんなわけだ」

 俺が杏子姉ぇに麻里姉ぇを紹介すると、杏子姉ぇはさらに驚いて、口を半開きにして綾奈と麻里姉ぇを交互に見ていた。

「こほん。改めて、松木麻里奈です。よろしくね杏子さん」

「あ、えっと……中筋杏子です。よろしくお願いします。麻里奈さん」

 麻里姉ぇが手を差し出してきたので、杏子姉ぇは立ち上がってその手をとり、がっちりと握手を交わした。

 それよりも……杏子姉ぇが普通に名前を呼んだ……だと!?

 なるほど……かなりの目上の人はあだ名で呼んだりしないわけだ。

「ふふ、真人が私を『麻里姉ぇ』って呼ぶのは、杏子さんを同じように呼んでいたからなのね?」

「……うん。個人的にその呼び名がしっくりくるから」

 この話はしたことがなかったのに、麻里姉ぇにはあっさりと見破られてしまった。

「麻里奈さん……マサのことめっちゃ好きじゃないですか?」

 麻里姉ぇはゆっくりと俺に近づき、俺の横に立って俺の肩に優しく手を置いた。ちょっとドキッとしてしまったが、顔に出さなかったのは我ながら偉いと思う。

「当たり前じゃない。大事な義弟なんですから」

 そしてみんなの前で平然と言ってのける麻里姉ぇ。初めて聞くわけでもないのに、言われると毎回照れる。

「麻里奈さんは真人にはいつもこんな感じですよ杏子センパイ」

「本当……こいつは西蓮寺さんの家族に好かれすぎなんだよな」

「いいなぁ……お兄ちゃん」

 俺と麻里姉ぇのこんなやり取りを何度か見てきた千佳さんと一哉は杏子姉ぇにそんな説明をし、そんな俺を見て、美奈は羨ましそうな顔でこちらを見ていた。

「あら。私は美奈ちゃんのことも好きよ?」

「ほ、ほんとですか!?」

 美奈が驚きすぎてガタッと椅子から立ち上がった。突然のことに隣に座っていた茉子がびっくりしている。

「茉子、大丈夫か?」

「だ、大丈夫。ありがとう真人お兄ちゃん」

 びっくりしていた茉子だが、俺に笑顔を向けてくれた。手に何かを持っていたり、飲み物を口に含んだりしていなかったので良かった。

 そういや茉子はこのメンバーの中でなら、俺をお兄ちゃん呼びするのが当たり前になったな。前は俺と綾奈と美奈の前だけだったけど、変に隠す必要もないと思ったのかな。

 俺も別にバレてどうこうは思わないから茉子の好きにしてくれてかまわないけどね。

「ご、ごめんマコちゃん。……ま、麻里奈さん。私、来年は高崎高校を受験しようと思ってるんです! だから……」

「そうだったのね。じゃあ来年、美奈ちゃんがうちの生徒になるのを楽しみに待ってるわね」

「は、はい!!」

 麻里姉ぇの言葉に、美奈は満面の笑みを見せた。

 この激励は、来年度の受験勉強の大きなモチベーションとなるだろうな。

「じゃあ私はそろそろ行くわね。みんなはゆっくりしていってね」

「「はい!」」

 麻里姉ぇは俺たちに手を振りながら、自宅となっている二階へと向かったようだ。

「アヤちゃん。もしかして麻里奈さんって、高崎高校の先生なの?」

「はい。音楽を受け持ってるんですよ」

「マジで!?」

 綾奈の返答に、杏子姉ぇはこの短時間で何度目かわからない驚きのリアクションを取っていた。

 そりゃあ、教師って聞いたらびっくりするよな。

 それから綾奈は、学校で自分たちが姉妹だと知っている人は多くないから、あまり他言しないように杏子姉ぇにお願いをしていた。

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