第368話 雛が不参加の理由

「ねーねーけんくん。ひーちゃん先輩ってなんで今日は来れなかったの?」

 俺たちが指きりを終えてから少しして、杏子姉ぇは健太郎にそんな質問をしていた。

 確かに、俺も不参加としか聞いてなかったし、なにか外せない用事でもあったんだろうか?

「姉さんは今日、春からの新生活の為に、母親と一緒に家具店に行っていて……前々からこの日に行こうってことになってたので、やむなく不参加になったんです」

 二学期期テストの期間中に本人から聞いたんだけど、雛先輩はこの春から衣装関係の専門学校への進学が決まっている。

 なるほど。だから今日は来れなかったのか。あれ? ということは……。

「え!? じゃあ、ひーちゃん先輩って遠くに行っちゃうの!?」

 杏子姉ぇの言うように、新生活に向けて家具を購入しに言っているということは、卒業したら実家を出るということになる。

 その専門学校がどこにあるかは聞いてないけど、もしかして東京とかなのかな?

「いえ、確かに家を出ますけど、県内の専門学校に通うので、会うのが難しいほどではないですよ」

 へぇ……県内にそんな専門学校があったのか。全然知らなかった。

 となると、ここから電車で一時間半ほどにある、県庁所在地に住むことになるのかな? それならまたこうやってみんなで集まるのも難しくないな。

「そうなんだね。良かったねマサ」

「……なんでここで俺に振ってくるんだよ?」

 そこは最近雛先輩と仲良くなった茉子に聞くのが普通なんじゃない?

「え? だってマサってひーちゃん先輩好きでしょ?」

「そりゃ好きだよ。先輩として、そして友達としてね」

 杏子姉ぇもわかってて言ってくるんだけど……それにしても誤解を招く言い方だよな。

 俺の正面に座っている綾奈は、俺を信頼してくれているみたいで、特に焦った様子もなく落ち着いてミルクレープを食べ……いや待て。綾奈さん……フォークを持った右手がプルプルしてますけど!?

 俺がどういう返事をするのかはわかっていたけど、やっぱり杏子姉ぇの発言は少なからず動揺してしまったみたいだ。

 あ、綾奈の右手の震えが止まって、普通にミルクレープを口に運んでいる。どうやら安心してくれたみたいで良かった。

「というか、杏子姉ぇも雛先輩好きだろ?」

「もちろん。ひーちゃん先輩だけじゃなくって、かおちゃんもここにいるみんな大好きだけどね」

「「…………」」

 杏子姉ぇの一言で、俺たちは全員静かになった。

 みんな照れたりにっこりと微笑んだりと様々だ。

 まったく……このいとこの姉さんは、こういう小っ恥ずかしいことをいきなり言うんだから。

 こっちの反応に困ることを言ったり、行動を起こしたりもするけど、杏子姉ぇは俺たちが本気で嫌がることはしてこない。そこら辺のボーダーを杏子姉ぇはちゃんと見極めている。

 杏子姉ぇに振り回されるけど、俺も杏子姉ぇは好きだよ。

「ありがとうキョーちゃん! 私も……私たちもキョーちゃんが大好きだよ」

 俺たちを代表して、杏子姉ぇの親友の茜がお礼を言った。

 俺たちのテーブルには、とても穏やかな空気が漂っていた。

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