第366話 杏子と茉子のひそひそ話② ~バレンタインは……~

「じゃあじゃあ、マサにあげるバレンタインのチョコはやっぱり本命なの!?」

 そうだ。来月はバレンタインという一大イベントがあるじゃないか。

 今日が十四日だから、あとちょうど一ヶ月後か。

 今までのバレンタインは、家族以外の異性だと、去年の茉子の一個だけしか貰ったことがない。家族といっても母さんだけだけどな。

 美奈は……あまり俺のことをよく思ってなかったからな。

 茜は小学生の頃に風見高校近くに引っ越したから貰ったことはない。

 改めて考えると、去年までバレンタインとほぼ無縁な人生を送ってきたな。

 でも、今年は違う! 今年は綾奈からの本命チョコが確定で貰える! それが何よりも嬉しい!!

「えっと……な、内緒です」

 茉子は明言を避けたけど、どうやら茉子は今年もチョコを用意してくれるようだ。

 綾奈には悪いと思いながらも、茉子がどんなチョコをくれるのかも楽しみだったりする。

「マーちゃんそれは『本命チョコをあげる』って言ってるようなものだよ~」

「な、内緒ったら内緒です!」

 本命だろうが義理だろうが、チョコを貰えるのは嬉しいので、今からバレンタイン当日が楽しみだ。

「真人。さっきから私のチョコレートケーキをじっと見てるけど、食べたいの?」

「え!?」

 綾奈に言われて気づいたけど、俺、綾奈のチョコレートケーキをガン見してた。

 バレンタインのことを考えていて、無意識に視線がそっちに行ってしまったみたいだ。

「あ、いやその……ちょっと考えごとをしていて別に食べたいってわけじゃ……って、綾奈!?」

「はい、あ~ん♡」

 綾奈が自分のフォークで残り半分くらいになったチョコレートケーキを一口サイズに切り、それをフォークで突き刺して俺に近づけてきた。

 まさかここで『あーん』をするとはまったく予想出来なかった。

 各々雑談していたみんなは雑談をやめ、俺と綾奈を見てくる。ニヤニヤしたり、「またやってるよ」みたいに嘆息していたりとリアクションは様々だ。

 他のお客さんも何人かは俺たちを見ている。

 綾奈もケーキを引っ込める気はなさそう……いや、なんか顔が赤くなっていて腕や身体もプルプルと震えている。

 まさか、今さらになって自分の行動に羞恥心を覚えたのかな? でもやってしまって引くに引けない感じか。

 これ、俺が食べないと永遠と見られるやつだと思った俺は、顔が熱くなるのを感じながら、綾奈のチョコレートケーキを食べた。

「はむ!」

 チョコレートケーキをゆっくりと咀嚼する。

 やっぱり翔太さんの作るケーキは最高だなぁ……。甘すぎず、かといって苦すぎずの絶妙なバランスの美味さだ。

 それに、綾奈に食べさせてもらったことにより、さらに美味しく感じられる……気がする。

 大晦日、スーパーの試食コーナーで、菊本さんが焼いていたウインナーをお互い『あーん』をしながら食べさせあったのだけれど、それも普段より美味しく感じられたし……やっぱり綾奈の愛情がプラスされてるのかもしれないな。

「おいしい?」

「うん。すっごく美味しいよ」

 対面に座る俺たちは笑いあった。

「マサとアヤちゃんって、普段からこんな感じなんだね~」

 みんなは俺と綾奈のやり取りを見慣れているのか、何も言わなかったけど、杏子姉ぇだけはそんな感想をボソッと呟いていた。

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