第364話 はじめての遅刻

 とても長く感じられた三学期最初の一週間をなんとか乗り切った週末の土曜日の午後。

 俺は綾奈と一緒にドゥー・ボヌールにやってきた。

 実は水曜日の帰りに、杏子姉ぇの歓迎会をしようという話になり、綾奈と千佳さん、そして茜の部活が終わるのを待って、みんなで集まったのだ。

 メンバーは主役の杏子姉ぇと俺たち三組のカップル、そして美奈と茉子の九人だ。

 香織さんと雛先輩は用事があって不参加となった。

「いらっしゃい綾奈ちゃん、真人君。みんなもう来てて奥にいるよ」

 俺たちが店内に入ると、店長の翔太さんが出迎えてくれた。今日も相変わらずのイケメンだ。

 あ、やっぱり俺たちが最後になったか。待たせてしまって申しわけないな。

「ありがとうございますお義兄さん」

「でも驚いたな。まさか真人君があの氷見杏子さんといことだったなんて」

 新学期が始まってからかなり言われてきたセリフだ。

「すみません黙ってて。杏子姉ぇが有名人になってるの、最近まで知らなかったので……」

「謝る必要なんてないよ。それよりみんな待ってるから、ショートケーキとモンブランはあとで持っていくから、二人とも奥にどうぞ」

「「はーい」」

 翔太さんに軽く挨拶をして、俺たちはみんなが待つ席へと移動した。

「ごめんおまたせ」

 みんなが座っている席へ移動し、遅れたことへの謝罪をした。

 そこまで遅くなっていないけど、予定の時間より遅れてしまったのは変わりないから。

 テーブルを見ると、人数分のケーキと飲み物が既に置かれていた。飲み物はまだかろうじて湯気が立っていた。

「あ~お兄ちゃんたちやっときた」

 一番最初に口を開いたのは美奈だ。

 ちなみに美奈は朝から茉子と遊んでいたので、別々に到着していた。

「遅くなってごめんね」

「というか二人が遅れるって珍しいね。何やってたの?」

「へっ!? えっと、それは……」

 何をやっていたのかを聞かれ、綾奈はしどろもどろになってしまい、俺はというと、何も言わずにただ明後日の方を向いていた。

「美奈ちゃん。あまり聞かないであげなよ。多分この二人はイチャイチャしてて遅くなったんだろうから」

「あ、なるほど」

 遅れた理由を一哉にあっさりと見抜かれてしまい、それを聞いた美奈は、『じゃあ仕方ないね』みたいな軽いノリを見せた。

 今日の綾奈の部活は正午に終わり、俺は十二時半くらいに綾奈の家へと向かった。

 明奈さんに綾奈の部屋へ通され、最初は二人でいろいろおしゃべりを楽しんでいたのだが、まぁ……俺たちが二人きりでイチャイチャしないわけもなく、時間を忘れるほど夢中になってしまって数分遅刻してしまった。

 高校生組は「やっぱり」とか「この二人だもんね」とか、まるで俺たちがイチャイチャしていたのがわかっていたかのようなリアクションで、もう一人の中学生の茉子はというと、「はわわ……」と言いながら顔を赤くしていた。

「ほんとごめんな。今度からは気をつけるから」

「真人たちが遅刻したのは初めてだし、遅くなったといっても一分くらいだから大丈夫だよ」

「健太郎……」

「まったく健太郎は甘いんだから。あんたらは両家の親公認で、お互いの家にいつでも行けるんだから、歓迎会が終わってからイチャイチャしろし」

「千佳さんの仰る通りです」

「こ、ごめんねちぃちゃん。みんなも」

 俺たちがみんなへ謝ったタイミングで、俺と綾奈のケーキと飲み物が運ばれてきた。持ってきたのは翔太さんでも麻里姉ぇでも、千佳さんのお兄さんの拓斗さんでもなく、ここの従業員の女性だった。

「はいはい。もうそれくらいでね。真人と綾奈ちゃんも早く席に着いてね」

 茜が場を仕切ってくれて、場の空気を歓迎会へと戻してくれた。

 ありがとう茜。

 俺と綾奈が席に着いたのを見て、茜が自分の飲み物が入ったカップを持った。

 ちなみに綾奈とは隣に座れず、通路側に向かい合って座った。綾奈の隣には千佳さん、俺の隣には茉子が座っている。

「じゃあキョーちゃんの歓迎会……私や中筋兄妹にはおかえりなさいって意味もあるけど……まぁとにかくはじめよっか! みんな、カップ持ってね」

 茜の言葉で、みんなもそれぞれのカップを持つ。どうやら乾杯をするみたいだ。

「キョーちゃん。一言どうぞ」

「みんな。今日は私のためにこんな会を開いてくれてありがとう。少なくとも高校を卒業するまではこっちにいるつもりだから仲良くしてね。あかねっち、マサ、みっちゃんも、またよろしくね」

 そう言って杏子姉ぇはパチッとウインクを見せた。これには近くにいたお客さんも小さくキャーキャー言っているのが聞こえた。

「ありがとうキョーちゃん。みんな、私からもキョーちゃんと、私の親友と仲良くしてね。カンパイ!」

「「カンパーイ」」

 俺たちはトーンを抑えて言い、みんなでカップをカチンと合わせた。

 いよいよ杏子姉ぇの歓迎会の始まりだ。

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